珍しくもない

「探検なんて面白そうじゃん。そんなことしてたなんて、なんか意外だよ」

「意外、かな」

 そもそもが口から出まかせとはいえ、「そんなに行動的に見えないよね」と言われているみたいで、胸がちくりと痛む。

「うん、カンナってクールなタイプでしょ。だから探検だなんてギャップ感じるっていうか――」

「クール?」

「クールじゃん。なんか孤高っていうかさ、かっこいいやつ」

「そんな――」

 そんなつもりはなかったし、そんなことを言われるのは初めてだった。

「いつもは声かけたら迷惑かな、って思っちゃうんだけど、さすがにこんな人気のない所で出くわして、無言ってのも変じゃん。それで勇気出してみたんだけど、良かったよ、相手してくれて」

「私、そんなふうに見えてたかな」

「うん、勝手にそう思ってた。だけどごめん、勘違いだった」

 少し早口気味に言って、矢野さんは小さく頭を下げた。

「じゃ、まだあたし、部活戻らないといけないからさ、行くよ」

 謝罪の言葉に私が反応するよりも早く顔を上げると、一瞬前までは申し訳なさそうにしていたはずの顔は、溌溂とした明るいものに戻っていた。頭の中の整理が彼女の表情の変化に着いていかなくて、私はなんとかうん、とだけ口にした。そして、それだけではなんだか物足りなく思ったので、がんばって、と取ってつけた。焦りのせいか、声が裏返りかかっていた。

「うん、また明日ね」

 どこにでも転がっている、私には長らく縁遠いものだったはずの挨拶。くじいているらしい足で駆けていく後ろ姿を見ながら、私は心の奥から震えが拡がっていくのを感じた。

 クールだとか孤高だとか、変な誤解をされていたということへの驚き。

 久しぶりに矢野さんと話をできたことへの喜び。

 明日からはもっと矢野さんと話せるかも知れないという期待。

 でも、それよりも。

 後ろに回していた手を広げ、青いお守り袋に視線を落とす。握られたせいでしわだらけになってしまったその袋は、細長くて薄っぺらい内容物の形を薄っすらと浮かび上がらせている。

 どうして持ってきてしまったのか。

――いや、そんなことよりも。

 動悸が激しくなる。手の中の青に焦点が合わない。声なのか胃液なのかよく分からないものが喉に込み上げてきて、思わず息を止めた。

 まさか。まさか。まさか。そんな。

 世界は変わる。頭の中に鮮明に残っている言葉が、止めるすべも見つからないままに繰り返される。偶然に違いない、と考える常識的な自分を押しのけて、もしかしたらという言葉が私の中で氾濫している。

――世界が、変わった?

 このお守りを手にして、いきなり。今まで孤独だった私が、学年の人気者に声をかけられて、また明日、だなんて言われる世界。

 自然と、視線は相談室に向いた。相談室はお守りを手にする前と変わらず、手作りの札をひっそりと掲げたまま押し黙っている。

 ばおばお、ひおひお。遠くにあるはずの吹奏楽部の音が、薄暗い廊下にしとしとと降り積もる。心臓の音と楽器の音とが混ざりあって、私は足元から溶けてなくなってしまいそうになる。

 それが――溶けてなくなってしまうことが恐ろしくなって、私はその場から駆け足で逃げ出した。階段を上りだすと、もう私の耳には自分の心臓の音しか聞こえなくなった。


第一話 おわり

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