ヤンデレ系乙女ゲー厶の続編小説の悪役妹に転生していました。(涙)

ゆなか

プロローグ➀

「わたしに触らないで!あんたなんか……大嫌い!」


――そう、叫んだ瞬間。

今まで見えていた世界がぐるんと反転し、気付けば宙に投げ出されていた。


内臓が下からグッと圧迫されるような感覚に吐き気が込み上げる。

全身の血の気が一気に引いたのと同時に、耳をつんざくような叫び声が、あちこちから木霊した。


ほんの少し前まで自分がいたはずの場所を見れば――

「……っ!……っ!!」

酷く青褪めた顔をしたが、必死の形相で何かを叫びながら、わたしに向かって手を伸ばしていた。


……残念だけれど、その手は到底届きそうにもないわ。


例え、その手に届いたとしても、掴むつもりはなかった。

優しく美しいあの人の手を振り払った勢いで、わたしは階段から落ちたのだから。


……このまま死ぬのかしら。


ギュッと唇を噛み締めて、これからやって来るであろう想像だにできない痛みを覚悟する。


……でも、その方が良いのかもしれない。

自分勝手で我が儘なわたしは、このまま生きていても厄介者扱いされるだけ。

大好きな人に捨てられる未来を迎えるくらいなら、いっそここで…………。


この胸の痛みと、床に叩きつけられる時の痛みだったら、どっちが痛いのかしら?


ぶわっと込み上げてきた涙を堪えるために、わたしは敢えて自嘲気味に笑いながら、瞳を閉じた。



――それなのに。

死の覚悟さえも決めたわたしに訪れるはずの痛みが、何故かまだやってこない。

そーっと瞳を開けると、不思議なことに周りの景色がゆっくりと流れて見えた。


……これは、一体……?


そのゆっくりと流れる景色を呆然と眺めていると、過去の記憶と共に当時の感情が鮮明によみがえってきた。


幸せだった幼い頃の記憶と永遠に消し去りたいほどに辛くて悲しい記憶。 

わたしを呼ぶ優しい声と、胸の奥がジンとするような温もり。――今は亡きお父様とお母様との記憶だった。

それだけでなく、両親の亡き後に嘆き悲しむ私をたくさん甘やかしてくれた……大好きなお兄様との記憶。


それらが勝手に甦っては、消えていく。


……人は死の間際に過去を視ると伝え聞くけど、本当のことだったのね。


伝聞が真実であったことを思いがけず知ることになってしまったが、一つだけ腑に落ちないことがあった。

自分の過去の記憶のはずなのに、その中に見知らぬ女性が混じっていたからだ。


……この女性は…………誰?


腰の辺りまで伸びた長い黒髪を後ろで一つに纏めて、男性が着るようなジャケットとスラックスを身に着けた、焦げ茶色の瞳の女性は、小瓶に入った液体を何本も飲みながら、沢山の書類を両手に抱えて、朝から晩まで忙しなく歩き続けている。


目の下には黒クマが鎮座し、化粧は半分以上取れてほぼ素顔という酷い顔をした女性は、誰が見ても『疲れている』と口を揃えて言うだろう。


時折、眉間に寄ったシワを揉みながら、かろうじて開いている瞳は、一度でも閉じたなら、二度と開かなくなるのではないかというほどに、細められていた。

――それなのに、傍らにある小さな四角の板を手に取った瞬間。

今までの疲れが全部吹き飛んだかのように、女性は嬉しそうな笑みを浮かべた。


一体、何がそんなに嬉しいのだろうか。

ほんの僅かしかない休憩時間を仮眠にあてるわけでもなく、四角の板をずっと眺め続けている。


あの四角の板は――――す……ま……?

……そう、『スマホ』だ。……って、ちょっと待って!

どうしてそれをわたしが知っているの!?

こんな珍妙な物、この国には存在しないはずなのに……。


四角の板の正体がスマホであると認識してから、見知らぬこの女性のことをと思った。


女性の名前が『一ノいちのせ 青葉あおば』であること。

青葉は、この国――アストレアノーズではなく、『日本』という海に囲まれた小さな国に住んでいたこと。


……そして、がかつて『青葉』と呼ばれていたことを。

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