きみはきみ

何度やっても思い出せない。

もう慣れた感覚だ。俺は子供の頃から記憶が無い。記憶が復活する気配もない。

絶望には飽きているが…忘れていることを思い出さないといけない今――久々にその感覚に向き合っている。


…レプシナの料理を食べながら。


すばらしいスキルだ…くそぅ、うちの一号にもインストールさせてくんないかなぁ。食事作るのキライじゃないけど、面倒なんだよな…。

食べるうちに、俺の不安はかき消されていった。

一号も普段よりおいしそうに食べている。

…お前、機械だろーが。


「すごーいっ!料理上手だねっ!

この苺のプリンもおいしいよ!」


「別に…プリコット博士は料理が苦手だから…オレが作ったほうが早いし、食べれるから。

オレも好きってわけじゃねーし」


少し照れながら、レプシナはプリンを食べている。こうして見ると、さっきまで殺し合っていた仲とは思えない。

ふと気付くと、ジェードはデザートのプリンだけ口にしている。訳を聞くと、『甘くない食べ物は受け付けない』との偏食ぶりを見せた。


俺たちが楽しく団欒しているとき、ドアは開いた。


「ん、おかえりなさい」


すぐに反応するレプシナ。席を立って走り寄る。

扉を開けた男――プリコット博士に。


「ごめん、お待たせしてしまったかな」


「仕方ないよ。学院に行ってたんなら、仕事だし」


プリコット博士のコートを預かりながら、レプシナは彼に白衣を差しだす。それを受け取る彼は…俺にとってどこか不思議な心地にさせた。


彼に、会いたかったし……会わないほうが良かった。


視線をそらせない。

俺は彼を、知っている?


「さてご挨拶が遅れてしまった。

でも、あなたは僕の名前を知っているでしょう?」


ようやく彼が俺を見た。

瞬間、頭の隅が痛む。音を立てるような激痛が走った。

苦しそうに頭を抑える俺を見ながら、彼は悲しそうに顔を曇らせる。


「あなたは自分の名前すら忘れてしまっているから…プリコットと名乗っていたんだよ」


痛い。膝を付く。

ジェードが駆け寄ろうとした一号を抑えている。そんな一号を見て、ようやく俺は気付いた。


彼と一号が似ている。いや、彼の子供の頃と…。


「辛いかもしれないけど、思い出してほしいんだ。そうじゃないと…父さんの夢は叶わない」


俺の肩を掴むその手が、懐かしい。

耳鳴りと吐き気。


思い出せない。



思い出してはいけない。




「あと少しで完成するんだ」



あのとき、約束したのだから…。






「お願い、兄さん」



ジェードが笑っているように、見えた。

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