3. 生命の水(2)
「この失敗作の水ね、寄生虫なのよ」
「どういうことだよ」
ぽろぽろこぼした涙をぬぐう。
どうも最近、パフィーラがらみで泣かされてばかりいる気がする。
「生きてるの」
「生きてる?」
「そう。それで、人に寄生してその人物に夢を見せる。この水は、その夢を食べて生きてる。そういうわけ」
「ふ、ふーん……?」
「だから成長してんの。作られた当初は少し大きめの水たまりみたいなもんだったのよ。それが五百年でここまで成長したってことね」
「なる、ほど?」
いまいちよくわからず、首を傾げてしまう。そんなジャムに、パフィーラが額にしわを寄せる。
「んもー。安心したらそれなんだから‼︎」
「な……悪いか⁉︎」
パフィーラが指しているものがなにかを悟り、ジャムは顔を紅潮させてそっぽを向く。
「だって俺の母さんはたった五人だけなんだよ」
「……普通母親は一人よ? 五人もいるジャムが特殊なのよ」
パフィーラの声は不機嫌モード全開だが、ここはジャムも曲げられない。
「そうかもしれないけどっ。俺にはすっげぇ大事なんだよ‼︎ 会えなくなるなんて、そんなの考えただけで……‼︎」
考えただけでジャムは頭を抱えてしまった。
「わかったわよぉ」
珍しく折れたのはパフィーラの方だ。ジャムの母親たちへの愛情はなににも負けない。パフィーラがなんと言おうとも。
その熱意に文字通り両手を上げてパフィーラが降参する。
「わかったから、わたしの話を聞いてくれない?」
「あ、あぁ……うん。ごめん」
はっと我に返る。母親たちへの愛情も大切だが、それは揺らぐ事がないから今は置いておいた方がいいだろう。
今必要なのは、この場所について知ることだ。強大な魔法の力を持つパフィーラがわざわざジャムを連れて来たのだから、なにかがあるのだろう。
「つまりね、どうして湖の中に街があるかっていうとね」
「うん」
「この街が夢だからよ」
「誰の……って、まさか」
「せいかーい。この水の中に消えた弟子の夢よ」
「え、じゃあ……」
まだ弟子は生きていて、夢を見ているということになりはしないか?
五百年経っているはずなのにそんなことがあり得るだろうか?
「パーフィ?」
「そうよ、あの弟子はまだここにいるの。そして夢を見ているはずよ。この街のね」
「まじかよ」
スケールが違う。五百年前の魔術師がここで眠っている? この水に寄生されたままで?
「老化しないわけ?」
「するけど、ここ異界だから。外とは時間の進みが根本的に違うのよ」
つまり外では五百年経っていても、ここではたいした時間は流れていないということなのだろう。
「そっか……って、それまずいんじゃないか? 俺たちが外に出た頃には知り合いがみんな寿命を迎えてたとか嫌だぞ⁉︎」
なにか、そういう昔話があった気がする。あの物語自体は多少なりともデフォルメされている部分はあるだろうが、根本的には今の状況と大差ない気がする。
「ん、それは大丈夫よぉ。この天上天下超絶美少女のわたしが外とここの時間の流れ、合わせといたから」
「いや凄すぎるだろ。なんだそれ……」
凄すぎてもはや意味がわからない。
人が魔法の力を失ったこの世界で、時の流れを操るなど出来ていいことなのだろうか。しかし、パフィーラにはそれが出来るのだ。
やはり時神クロノスの
やはり、パフィーラの能力は人知をこえているようだ。前回の炎も凄かったが、今回のはそんなものの比ではない。
「まぁ、そういうわけだから。遠慮なく捜してちょうだい」
が、しかし。 パフィーラへの疑念はその言葉で一瞬にして吹き飛んだ。
「捜すって、なに……?」
「んもう、やあねぇ。わかってるく・せ・に♡」
そう言ってジャムのわき腹をツンツンと人指し指でつっつくパフィーラに、がっくりとなってしまう。ジャムのしっぽが力なく左右に揺れた。
たしかに、わかってしまった。
「その弟子、捜すんだろ?」
「大当りィ♡」
天上天下超絶美少女は見た者を腰くだけにする、おそろしくも可愛らしい笑顔でジャムを見上げる。
「その弟子がどういう姿してんのかは知らないけど。夢の中だし」
「ええっ⁉︎ じゃあどうやって捜すのさ」
「大丈夫よ、気をつければ見わけはつくから♡」
パフィーラはジャムが弟子捜しをするとわかった途端ににっこにこだ。語尾全てにハートマークが飛んでいる勢いで上機嫌になっている。
すぐにころころと機嫌が変わるところは、子どもらしくてほほ笑ましいとすら思う。ただ、言っていることが穏やかではないだけで。
「いい? これは夢の中。そう思って周りを見てみて」
「夢の中、ね」
つぶやいて、言われた通りに周りを見回す。特に変わったところはない。
それを正直に告げると、うんうんとパフィーラは頷いた。口を開く。
「んじゃあ、次はわたしと通行人を見くらべてみて」
「あぁ……あ!」
そこでやっとジャムは気がつく。パフィーラと比べると、夢だという街の風景、人々、全てがどこかしら現実味がない。なんというか、うすっぺらいのだ。パフィーラを際立たせるための背景のような印象を受けてしまう。
「ね? わかったでしょ?」
「ああ」
つまり。この夢の中で唯一の現実。それを捜し出せばいいのだろう。
「じゃ、がんばりましょ♡」
パフィーラは笑って、再びジャムの手を取った。うふふふ……となにやら嬉しそうに笑っている。
こうして、弟子の捜査が始まったのだった————。
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