第8話 苦くて甘いひととき

「お待たせ」

「……アンナだよな?」

「ふふ、もう酔っているのかしら……?当たり前でしょ。ほらお酒持ってきたから、二人きりで飲みなおしましょ」


 アンナはどこからか調達してきたボトルをこちらに見せて儚げに微笑んだ。


 一瞬、いつものアンナのツンとした雰囲気から柔らかな雰囲気に変化した気がしたが……気のせいだろうか。


 オレのそんなつまらない思考を無視して、アンナは通りかかったウェイターにグラスを依頼していた。しばらくして空のグラスが運ばれてきた。


 オレたちは会場の奥に置かれているソファーに腰を下ろして、会場内のお祭り騒ぎの光景を見ていた。


「ねえ……シュウ、このお酒美味しいね?独特の苦味もあって、少しクセになる味ね」

「そうだな」

「ふふふ、私、あなたと一緒にいることができて嬉しいの」

「……酔ったのか?」

「ふふ、そうかも。ねえ、このまま抜け出さない?」

「え?」

「実は今日……ホテル取っているの」


 アンナはオレに肩を寄せて、チラッとこちらを見た。

 頭から生えているラビットモンスターの耳がピクピクと動いた。


 いつもであれば、それとなくオレから誘うように誘惑させるはずなのに……今日はやたらと積極的だ。


 いつもであれば勝気なアンナの表情は、どこか申し訳なさそうな雰囲気を醸している。


 だからだろうか。

 なぜか妙に胸が締め付けられた。


「そうだな……オレもちょうど休みたいと思っていたところだったんだ」

「ふふ」


 アンナは嬉しそうにニコッと笑みを浮かべた。


 あれ、そういえばいつからアンナは仮面を外していたのだろうか。

 気がついた時には、すでに仮面がなくなり素顔を晒している。


 まあ、どうせこの薄暗い場所では隣に座るオレ以外の人にアンナであると姿がはっきりとわかるわけではないから、魔術舞踏会のルールに多少反してしまっても問題ないだろう。


 それにもしも何か言われたら、とっととこの会場からいなくなればいいだけのことだ。


 それにしてもなぜだろうか。

 いつもより酔いの回りが早い気がする。

 

 領地で取れる特別な葡萄酒で鍛えられた。

 だからこそ酒には強いはずなのだが……。


 今日はなんだかとても……ふわふわと夢見心地のように感じる。


 一瞬、アンナの声が、王女様のものに聞こえた。


「ねえ、シュウ大丈夫?」

「ああ、問題ない」

「ふふ、じゃあ行こっか」


 アンナはオレの腕を抱きしめるように立ち上がった。

 まるで腕にしがみつくコアラモンスターかのように、ピッタリと寄り添う。


 だからアンナの二つの豊満なものが押し付けられた。


 流石に視線に気づかれてしまった。

 アンナはポッと先ほどよりも頬を朱色に染めて恥ずかしそうに言った。


「さすがに、ここじゃイヤだよ?」

「あ、うん」


 グラスをほったらかしにして、オレたちはパーティ会場の外へと向かった。


 ●●◯●●


 オレの腰にまたがって、アンナが見下ろしている。

 少し乱れた呼吸や色白くしなやかで細い身体が覆い被さって、しっとりとした体温が伝わってくる。


 潤んだ瞳、朱色に染まった頬——桜色の唇がわずかに動いた。


「シュウさ……好き?」

「……ああ」

「そんなあいまいな言葉なんてほしくないで——っん」


 オレは何かを誤魔化すように口付けをする。


 すると仕返しとでも言いたげに、アンナはオレの唇を甘噛みした。

 

 貪るように舌を入れると、アンナの甘美な声が漏れた。

 

「あっ……ん」


 しっとりとした唇から溢れるアンナの喘ぎ声がオレの思考を奪っていく。


 サラサラとする長い髪がオレの頬になだれかかって甘い香りを運んでくる。

 

 しなやかな腰がゆっくりと上下に動き、締め付けられる。


 オレたちは現実から目を逸らすように何度も……貪るように身体を重ねあった。

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