魔術舞踏会で婚約者と抜け出したはずだったのに、気がついたらヤンデレ王女様が隣にいた

渡月鏡花

第1章

第1話 独身最後の日の既成事実

 どこかの教会からだろう。

 鐘の音がかすかに聞こえた。


 いつもであれば心地の良い鐘の音さえも二日酔い頭には不協和音だ。


 視界に入り込んでくる朝日も今は煩わしい。


 それに何よりも頭の中が圧迫されるような嫌な感覚が襲ってきた。


 気持ち悪い。


 そういえば……ここはどこだろうか。


 やたらとふかふかとするベッドだ。

 この感触は一度だけ味わったことがある。


 そうだ。

 かつて親父が生きていた頃に一度だけ宿泊したことがある王族御用達の高級宿のようだ。


 まあ、今のハルミントン家には、絶対に泊まる余裕なんてないことだけは明らかだった。

 だからこそ……この奇妙な状況に納得ができない。


 それに宿泊代を払えないのは非常にまずい。


 いや今は金の心配しているところではないだろう。

 なんせここがどこなのかもわからないのだから。


 眠たいまなこを擦って、ベッドから立ち上がる。


 ああ、そうだ。

 この天体のような無数の点を天蓋に付けられているベッドは確かにかつて見たことのある光景だ。


 王室お墨付きの高級宿泊宿だ。


 しかしなぜ、オレはこんなところにいるのだろうか。


 だめだ……ぼんやりとする。

 こんな頭では何も思考できやしない。


「……とりあえず、顔でも洗うか」


 てか、寒いな。

 ……あれ、オレいつの間に全裸で寝ていたんだ?


 昨日は生徒会主催の卒業パーティ――魔術舞踏会だったはずだ。

 魔術舞踏会の会場で酒を飲んだのか……?

 だめだ、思い出せない。

 

 まずは昨日着ていたであろう衣服を探すところ始めるか。


 などと思ったのだが、案外簡単に見つけた。

 馬鹿でかいベッドの脇に置かれているソファーの上にあった。


 なぜかきちんと畳まれていたが……着慣れた魔術学院の制服に袖を通した。


 そして眠気覚ましに顔を洗いたくて、洗面台へと向かった。

 数回ぬるま湯で顔を洗うと、さっぱりとした。


 その時だった。

 ちゃぷんとかすかに浴槽から水の滴る音が聞こえてきた。


 今になってやっと思考が鮮明になってきた。


 ああ、そうか。

 おそらくアンナと一夜を共にしたのか。


 これまで何度も身体を重ねてきた婚約者――アンナ・クレスファン。


 さらさらとした茶色の長いストレートの髪、貴族として意思の強いことを示すかのような切れ長の二重まぶた、強く抱きしめてしまうと今にでも折れてしまいそうな華奢な身体、そのくせ魔術師としては一流の魔力量を持っている。


 そしてオーダニア魔術学院で一、二を争う美貌の持ち主。


 そんな雲の上の存在と真反対のオレ――シュウ・ハルミントン。


 なぜか学院を卒業したら公爵家であるアンナ・クレスファンと結婚することがすんなりと決まった。


 まさか自分が逆玉の輿に乗ることになるなんて魔術学院に入学する頃は思っても見なかった。

 

 まあオレの家――ハルミントン家を存続させるためには必要なことだから、オレという一個人に拒否権なんてないし不満なんてない。


 別に元から好きな人と結婚なんてできやしないことはわかりきっていたから、特に期待なんて持っていなかったしな。


 それになぜかアンナもオレのことを嫌っていないようだし……まあ、当たりが強いのは勘弁して欲しいものだが……。


 でも、オレにとっては幸福なことだろう。


 ……この時まではそう思っていた。

 

 バスルームから現れたのが――オフィリア・ファン・オーダニア王女という点を除いて。


 白銀の長い髪がしっとりと濡れており、色白い頬は湯上がりでわずかに朱色に染まっている。真っ白な肌、桃色の突起、小さなおへそ、そして――ばさっとタオルが落ちた。


 ラベンダー色の瞳がわずかに驚きの色を浮かべていた。

 

「あら……シュウさま?」

「な……なぜいるんだ?」


 オレの反応を無視して、オフィリア王女はニコッと笑みを浮かべた。


「ふふふ、昨夜はとっても……たのしかったですね?」


 そしてオフィリアはゆっくりと自身の色白い肌――おへそのあたりをゆっくりと撫でた。


 どうやら……オレは昨夜、最低最悪な相手に手を出してしまったらしい。


 この時になってはじめて自分がとんでもない相手と肉体関係を持ってしまった事実を把握できた。


 それでも……ただ突っ立っていることしかできなかった。

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