架空エッセイ
群田紫星
#01 ツクネの嫁入り
先日、ファミマで買い物をして家に帰り、袋を机に置いていたら、ツクネが嫁入りしていた。
晩御飯に食べようと買った幕の内弁当とビール、お風呂上がりのシュークリームと明日の朝食用のパンの間を、ピョンピョンと、一番上の団子を揺らしながら、ビニール袋の口の方に向かって移動していた。ツクネを見るのは初めてだったけれど、5~6センチくらいで、思ったよりも小さくてかわいい。
ツクネ氏たちの邪魔をしないように弁当を取り出しつつ、横目でツクネを見守った。ツクネ側は少し怖かったかもしれない。
最近はコンビニの弁当をよく食べている。夜遅くに畳の上で胡座を書いてコンビニ弁当を食べ続ける毎日はどう考えてもよくないとわかっているけれど、自炊のパワーが残っていない。
コンビニ弁当を食べることで、自炊する分の体力を取り戻せるかといえば、そうでもない。なんかよくわからないけどエネルギー保存の法則とかは適用されないのか。そもそもエネルギーが保存される法則なんてあるのか。
自炊のパワーすら取り戻せないなら、私はこれから何のために幕の内弁当のシャケを食べるのか。シャケは生きてる時の呼び名だから今食べているのは鮭なのか。その原理であれば「人」は生体を指さないのか、などと無知を脳内で晒しながら横倒しにしていた袋を開けると、ツクネがこちらのことなど一切見えていないかのように、賑やかに嫁入りの行列を成していた。
いつかの時代の人間の結婚は、女性は親元にはほとんど戻らず嫁ぎ先で暮らすという様式がとられていたらしい。そのため、結婚の際は女性側の身内が多くの「嫁入り道具」を持って男性の家まで列を成して運んでいたそう。なんだか大変そうだけど、賑やかだろうな。
私もその時代の行列に参加して「こんにちはーーーーー!!!!!!結婚しました!!!」などと言いながら、新婦本人でもないのに騒ぎたい。そして途中で疲れて周囲から呆れられたい。呆れられたくはない。
私はツクネには詳しくないから、いつからツクネたちがこの儀礼をしているかは知らないけれど、彼らの歴史も長いだろう。昔の人間の行列の横で行列を成していた可能性もある。
歴史は長いけれど、ツクネの危機回避能力からか、私はこれまでツクネに遭遇する機会があまりなかった。せいぜい、道端で野良のツクネをみたことがある程度だったから、嫁入り行列は非常に興味深いものだった。
嫁入りに出くわしたのを機にツクネについて少し調べたのだけれど、つくねが何らかの過程を経て一般的なつくねより少し小さめの、生命体としての「ツクネ」になって、その辺で生きてるらしい。神秘を感じる。食品としてのつくねのことをツクネはどう思ってるんだろう。やや怖い。
学名が「バイオ・ジャパニーズ・ミートボール」なのも怖い。ミートボール…。
とにかく私は、行列どころかツクネをほとんどみたことがなかったので、めちゃくちゃ興奮してしまった。弁当を食べるのも忘れ、鼻息を荒らげながら観察に努めた。
ファミマの袋から出てきたし、中央の花嫁ツクネの衣装がファミマのホットスナックの袋でできているから、ファミマで生まれたツクネなのかもしれない。ベイビーツクネのことを思うと少しかわいい。
横のツクネは親族だろうか、レジ横に置いてあるファミマTカード加入者募集の卓上のぼりを傘のようにして花嫁ツクネに寄り添うように歩いている。
行列の先頭では少し大きめのツクネがドスドスと重厚感を感じさせるジャンプで歩みを進めている。コミュニティのリーダー格的なツクネなのか。団子の大きさは責任の重さに比例しているのかも知れない。
後方に目を向けると、替えのホットスナックの袋や温め直し用の油の入った小さい醤油入れ、メイク用の辛子を持った荷物持ちのツクネが何体かいる。ツクネの嫁入り道具のラインナップを知って少し感動する。
ツクネの観察をしながらファミマの備品管理のことを考えていると、ファミマで買い物をしたのを思い出した。すぐ忘れる。レジに商品を忘れることもあるし、買い物をしたことも忘れる。
ツクネは嫁入り道具とかちゃんと忘れずに持ってきてるんだろうな〜などと尊敬の念を抱きながらビールを開ける。もし私が花嫁ツクネだとしたら、数週間前くらいから準備のことを考えるとだるくなって目を逸らし続け、直前になって両親とかからめちゃくちゃ怒られたりすると思う。花嫁の素質がなさそう。ジェンダーロールに囚われないツクネでありたい。
観察に専念しすぎてややぬるくなったビールで幕の内弁当を流し込みながら、ふと、このツクネの行列はどこにいくんだろうな〜と思う。
そもそも、私の買い物袋に入ってきたのは何か理由があるんだろうか。「こいつの家は嫁入り先に近いし、移動が楽ですわよ!」とか思われたんだろうか。ツクネに個人情報を握られているの怖すぎる。
もしくは、とにかく外に出られたらよかったのかもしれない。ファミマの店員さんとそこに住まうツクネ団体がどういう関係にあるのかは知らないけど、協力的な店員じゃない限り、この行列は店の自動ドアを安全かつスムーズに通れなさそうではある。
そんなことを考える私を未だ一切気にすることなく、ツクネは玄関横の窓の方へ結構な速度で向かっていく。
私はマルチタスクが苦手なので、幕の内弁当をウマイウマイ!と言いながら夢中で食べていたら、ツクネの行列はもう窓の側まで来ていた。夏の生ぬるい空気の流れで出入り口を把握しているのだろうか…。
ツクネの快適な旅のために、窓の網戸を開けてあげた。当たり前のように通り抜けていく一団。残る謎の悔しさ。
外のガス計器と洗濯機をうまく利用して地上に降りていった行列は、外でもピョンピョンと逞しく跳ねながら家の前から去っていった。
私も観察で疲れたのでさっさとシャワーを浴びて寝た。次の日の朝、風呂上がりのシュークリームを食べて、準備をして外に出た。
ツクネが跳ね歩いていただろう家の前を少しだけジャンプしながら歩いて、彼らの足跡を勝手に辿った。私はヒトなので奇妙な目で見られた。強く生きよう。
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