エスタブリッシュワールド

NEURAL OVERLAP

第1話

「おめでとう! 今日はがんばったねえ」

「……本当にそう思う?」

「すごい、偉い、誇らしい」


 僕達は建設中のビルの隙間から漏れる夕陽を浴びながら、陸上競技大会の帰り道を歩いていた。彼女に大会に参加すると言ったら、わざわざ応援に来てくれた。

 雑貨屋でたまたま知り合った女子高生。友人への誕生日プレゼントを探していたところ、ボードゲームを薦めてくれた。カードゲームとか競技玩具が大好きで、僕が知らなかった世界を色々教えてくれた。

 もし走幅跳はしりはばとび競技で優勝できたら、今日こそ彼女にあの言葉を告げようと思っていた。


 僕は頑張ったつもりだ。しかし結果は準優勝、トップとの差はわずか五センチメートル。この数センチの差が、僕の心に潜む『勇気』のカードを裏返しにしていた。

 何をやっても一番になったことがない、趣味の競技ポーカー公式戦でも決勝戦敗退。これが最後だ。彼女の一番にもなれなかったら、僕の人生は終わったようなものだ。


葉子ようこさん、今日は応援に来てくれて、ありがとう。でも……優勝はできなかった」

「そんなことないよ、準優勝ってすごいことだよ。城下しろしたくんの跳んでいる姿、かっこよかったよ」

 白い息を吐きながら向けてくれた彼女の笑顔が、僕の胸を熱くする。血の上った坊主頭を掻きむしりながら、僕は『決意』のカードを彼女に差し出すことにした。

「あ、あのさ」

「なあに?」


 『工事中・危険』の黄色い看板が貼られた安全フェンスの前で立ち止まった。

 カーンカーンという工事現場の音が、夕暮れの曇り空にこだまする。

 シトシトとした冷たい汗が脇からしたたる。

 だめだ、言えない。肝心なときにいつも弱気になる。

 フェンスに落書きされたピエロの絵に、視線が泳ぐ。

「この後さ、どこかカフェで……」


 ガラン――と上のほうで音がした。

 はっとして見上げると、クレーンに吊るされていた鉄骨てっこつが落ちてくるのが見えた。

 鉄骨の黒い影が、みるみるうちに僕達に覆い被さってくる。

 その瞬間はまるでコマ送りのパラパラ漫画みたいで、シャッフルしているカードがせまってくるかのような錯覚におちいった。

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