第14話 『 グレアスフォール現国王――ヴォルフ=グレア 』


 リアンにはずっと、嫌いな場所があった。


 そこにいるだけで吐き気がして、ソイツの顔を見る度に殺意と嫌悪、憎悪が湧いて仕方が無くなる。


 そんな場所に今月は少なくとも三回は行かねばならないと思うと、気が滅入る上に無造作に腹が立ってくる。


 自分を政治の道具と思っているクソ親父にも、そんなクソ親父に逆らえない自分にも。


「失礼します」


 短く息を吸って、呼吸を整える。顔を見た瞬間はいつも斬りたい衝動が襲ってくるから、それを抑え込めるための儀式だ。


 荘厳な扉を二度ノックすると、扉の奥から『入れ』の一言が返ってくる。


 合図を受けて、リアンは扉を引いた。


「お久しぶりですね、お父様」

「…………」


 王の居間に一歩足を踏み込めば、リアンは静かな声音で父――ヴォルフ=グレアに礼儀した。


「久しいな。娘よ」

「――っ」


 娘、という単語がヴォルフの口から聞こえた瞬間、リアンは押し寄せる感情の奔流を噛み殺すようにギリッと奥歯を噛む。


 何が娘よ、と内心で悪態を吐きながら、しかし表向きは平然を装って、


「お父様もご息災のようで何よりです……死ね」


 ボソッと小声で悪態を吐く。


 この小声がヴォルフの周囲にいる護衛隊に気付かれると面倒ごとになるが、どうやら聞こえていないらしい。まぁ、本当に空気に馴染ませるように言ったから読唇術でも習得していない限り絶対に分からないはずだ。


「それで、本日は私を王女へ呼び出して何のようでしょうか」


 父親の顔を見るのにもタイムリミットを設けているので、リアンは早々に本題に入る。


 どうせ建国祭のスピーチの件だろう、と思っていると、やはりそれだった。


「お前を呼び出したのは建国祭のスピーチの件だ」

「それなら問題ありませんよね。七聖人が用意したものを読むだけでしょう」


 所詮リアンの役割など、あたかも自分が創ったような他人の文章を国民に訴えかけるように声に上げて読むだけだ。


 そこにリアンの感情は不要だし、リアン自身もただでさえ弟と過ごせる時間を削って出席するのだからせめてそれくらいはやってくれと思っている。


「あぁそうだ。お前は七聖人が用意したものを読むだけでいい」

「なら話はこれで――」

「待て」


 足早に居間から出ようとするも、ヴォルフに引き止められる。

 チッ、と扉に掛けた手を引っ込めて再び父親に向くと、


「まだ何か用でしょうか?」

「当然だ。今日の要件はそれだけではないからな」


 その程度なら使者を向かわせるだけで十分だ、とヴォルフは言って、


「お前を呼び出したのは、健国際のパーティに関してだ」

「私は参加しません」


 キッパリと参加を拒否すれば、しかしそれは父親――否、国王の圧力によって揉み潰される。


「つくづく馬鹿な娘だ。よいか。お前に決定権はない。時期国王ならば尚更、参加への有無など最初から決まっておろう」


 なら聞くなよ、と舌打ちしつつ、


「私の役目は健国際のスピーチだけでは?」

「そのパーティーには貴族も七聖人も出席する。当然、私たちグレアス家もだ」

「ではアノンも出席させてください」


 そう言えば、ヴォルフはフッと鼻で笑った。


「〝アレ〟はグレアス家の者ではない」

「いいえ。正真正銘、貴方の息子ですよ」


 同じ母親の腹から出てきたのだ。それでアノンに父親であるヴォルフの遺伝子が含まれてなければ、母親は即刻死刑だ。


 アノンがグレアス家の一員であることは清廉潔白の事実なのに、けれどこのクソ親父は頑なにそれを認めない。


「アンタがアノンを認めないのは【Lv】だけでしょう」


 段々と声音に剣幕がこもるリアンに、ヴォルフは声音一つ変えず淡々と返す。


「その【Lv】が問題なのだ。グレアス家のものであれば出生時から高レベルであるにも関わらず、アレは生まれたばかりからLvが微動だにしていない」

「たったそれだけでしょう!」

「そうだ。たったそれだけだ。そして、それだけでグレアス家の者であるか判断するには十分だ」

「クソ爺が……っ」


 アノンを認めようとしないどころか、息子の名前さえ一度も呼ばない父親。


 やはり、この男といると胸糞が悪くなる。


 アノンへの数々の冒涜をさも当然のように行うヴォルフについにリアンの怒りは怒髪天を超え、一撃浴びせないと気が済まない衝動に駆られる。


「かんざ――」

「それ以上はヴォルフ様のご息女でも、国家反逆罪になります」

「アンタたちが私に勝てるとでも?」

「一人では。ただし、我々ならば、リアン様を捉えることはできます」


 その場合、王室の居間が血の海に変わり果てるだろうけど。


 ここで騒ぎを起こせばアノンに会えなくなると察すれば、リアンは構えた右手をそっと引いた。


「帰るわ」

「いつまで茶番劇を続けるつもりだ、娘よ」

「一生よ!」


 やり場のない憤りとクソ親父への鬱憤を扉にぶつけながらリアンは王室の居間を後にした。


 あれが、リアンの父親にして、グレアスフォール現国王だ。


 冷徹非道で人権無視。娘に対して愛着はなく、弟に関してはもはや人としても認めていない。


 暴君と呼んでも過言ではない――全くもってクソ野郎極まりない大人だ。


「……アノン成分が足りないわ。家に帰って、早く吸収しないと」


 爪を噛みながら、リアンは王城を歩く。


 いつかあのクソ親父に痛い目をみせてやると誓いを立てながら、リアンはアノンの待つ家に急ぐのだった。

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