p.06 今年の初雪は絶品です(2022/12/02)

「雪が降ってきたよ」

 朝から重く立ち込めていた雲は銀色の鮮やかさを増していき、やがてはらはらと雪を溢し始めた。

 いち早く気づいた家が魔女に知らせると、彼女はぱっと顔を輝かせ、窓辺へと駆け寄る。

「本当。どうりで寒いと思ったわ」

 冷気が入るのも気にせずにカタリと窓を開け、手を伸ばす。冬でも背の高い木々が鬱蒼と茂り、ほの暗さを湛えているが、枝の迷路を抜けた雪片が二、三ほど魔女の手のひらに落ちてきた。

 魔女は美しい結晶を楽しむのはあとだと言わんばかりに、ぺろりとそれを舐める。

「ふぁ……」

(ここ最近ではいちばんの甘さ……! 高山に咲く雪月花の結晶砂糖と悩んだけれど、これなら初雪砂糖で決まりね)

 初雪の、雲から溢れて地に落ち着くまでの短いあいだのみ、雪の結晶は高級砂糖にも匹敵する甘さを含む。同じように、自然の美しさを表す言葉をそのまま名に持つ雪月花の結晶も人気の甘味料であるが、こちらは年中安定して採れる代わりに生息地へ辿り着くことが難しい。魔女の力をもってしても時間だけはどうしてもかかってしまうため、できることなら避けたかったのだ。

 余談だが、冬の最後に降る雪には鎮静作用があり、これを溜めて作るのが春眠りの薬である。

「その表情は、お気に召したのかな」

「ええ。軽やかで、けれど甘みの輪郭がはっきりしているの。ケーキ用のつもりだったけれど、お酒にも合うと思うわ」

 魔女はやわらかな魔法の声で火の精に呼びかけて暖炉に火を入れてもらう。戸棚から採集用のビンを取り出し、ヤギ毛と水竜の鱗を織った布で作られたローブを羽織る。そうして簡単に外出の準備を整え、玄関の戸に立て掛けていた箒を手にしたところで、魔女は部屋の中――正確にはリビングのテーブルの上に、暖炉とは異なる火の気配を感じた。

「……あら」

 それは香草のメッセージカードの表紙に灯る火。今日も魔術師からメッセージが来たことに、魔女は心がむずむず揺れるのを不思議な気持ちで受けとめる。

(メッセージカードに火が灯る瞬間は、なんて温かいのかしら。暖炉とはまた違うものだわ……)

 聞けば、祝祭の「特別」には大切な人と温かな時間を過ごすことも含まれるという。魔女が今までの祝祭をそういうふうに過ごしたことはなかったが、この温かさが「特別」に繋がるのだと思えば期待もでき、また人間である魔術師にとっては短くはない時間をともに過ごすのだから、彼にもしっかり温まってもらおうと思うものだ。

 とはいえ今は初雪の採集が先である。

 跨がった箒をふわりと浮かせ、魔女は森の上空に飛び出た。

 くるくると旋回すると、魔女に気づいた雪の妖精たちが歓声を上げて近づいてくる。雪の密度が増してあっという間にビンはいっぱいになる。

 外へ出たついでにと、魔女は森の中にいくつか罠も設置した。これから雪が積もるようになれば、獣が冬ごもりしてしまうからだ。そうなる前に、肉を確保しておく必要がある。

(せっかくだし、いちばんいいお肉を祝祭に使おうっと……)

 また、魔女の心がむずむず揺れる。


『ご心配ありがとうございます。魔女は丈夫ですから、この通りぴんぴんしています……と言われてもわかりませんよね。とにかく、雪空を飛び回ってもなんともないくらいです。そうそう。今年の初雪は絶品ですよ。もし入り用でしたら、お裾分けしますのでおっしゃってくださいね。……わたくし、初雪が甘いのは妖精さんの歌声が甘く響くからではないかと思うのですが、魔術師さんはどう思われますか?』

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