神の慈悲なくばEx.2 ~Conchobhar~

吉村杏

1-1

「超ダリぃ」

 ハンドルステアリング・ホイールに両腕をもたせかけてアルバートがぼやく。性悪な悪戯を思いついたときだけは仔犬のように純真に煌く濃い鳶色の双眸は、今は赤褐色の癖っ毛の陰で退屈に眇められている。

「なんでロジャーのやつが留守番で俺らが運転手なんだよ。あいつ電話に出ないのにさ」

「それでいいんじゃねえの、置き物代わりだよ、たぶん。たまにおいてあるだろ、ドーベルマンなんかのカタチしてて目が光ったり音が出たりするやつ。あいつも目ェ光らせるくらいはできるもん」

 気怠げに応えたのは同じ声、同じ顔をした青年だ。絶世の美青年というわけではないが、シャープな顎のラインと、対照的に口角のちょっと上がった口元はなかなかに愛嬌のある顔立ちといえる。助手席のシートを最大限うしろに下げ、細身のジーンズに包まれた脚をグローブボックスの上に投げ出している。

「じゃどうしてギルの兄貴をつれてくんだよ、あいつこそいらなくね? 花屋の女のコ泣きそうになってたんだぜ。俺が横から口出さなかったらどうなってたことやら」

「だからだろ、引き立て役だよ、きっと」

 双子のきょうだい――バーナードはスマートフォンを操作しながらも律義に返事をする。

「引き立て役なんか必要ないと思うけどな。アルフレッドの兄貴が花束もってドアの前に立ってたら、ドアスコープ覗いた瞬間にパンティおろすほうに賭けるね」

「俺もそっちにひと口」

「それじゃ賭けになんないだろバカ。――つうかさっきからなにいじってんの、ウーバーイーツでも頼むの?」

「いや、あんまりヒマで退屈だから、近くに遊べるおネエちゃんでもいないかなと思ってさ」

 いいのがいたら教えろよ、と片割れは言って、組んだ腕に顎を載せ、フロントガラス越しに、あたたかな光が漏れてくるアパートメントに見るともなく目をった。兄弟が車を停めた界隈はいかがわしい地域ではないから、駐車中の車からルームランプやスマートフォンの光が見えても、営業をかけてくる街娼ストリートガール期待のぞみ薄だ。かといって出会い系マッチングアプリでのファースト・デートには……完全に人員と車種の選択を間違えた。

「おネエちゃんといえばさ、前にウチに来たヤツ――神父だっけ牧師だっけ?」

「たぶん神父」

「でも女みたいだったよ、女にしちゃ貧乳だったけど」

「いや、しっかり喉仏はあった」

 狼は鼻も利くが目もさといのだ。

「それにあの腰つきは女じゃない」

「けどちょっと惜しかったよなァ、聖職者なんてさあ、ヨボヨボのジジイか、一穴主義モノガミーのモテなくてお堅いヤツだとばっかり思ってたから完全ノーマークだったもんなあ。にしてもディーンってばいつのまにあんな上玉たらしこんだんだろ。チビトム・サムのくせしてさあ。俺らにもちょっとぐらい分けてくれたっていいと思わねえ、俺ら家族だろ」

「俺は銀のナイフで刺されたくない」バーナードがニヤニヤしながら言った。「あいつがギルの兄貴に牙むいて吠えかかんの見たろ? 俺らにオモチャいじくられてもめそめそ泣くだけだったあいつがさ」

 そりゃあいつだっていつまでもガキじゃないだろうけど。アルバートが首をかしげる。

「それにこれは俺のカンだけど、あいつらたぶんヤってないぜ」

「――え、マジかよ?! あいつどこまでヘタレなの? それともあの若さでEDインポ?」

「知らね。あいつのチンコなんてまだ皮もムケてないときに見たのが最後だもん」

「そうそう、可愛かったよなァ」アルバートが含み笑いを漏らす。

「俺らがさァ、楽しい遊びを教えてやるって言ったら喜んじゃってさ」

「まあたしかに教えてはやったけど、スモークツリーに擦りつけるのはさすがにマズいぜ。かわいそうなくらいハレちゃってたからな」

「なに言ってんだよ、あんときは死ぬほど笑ってたくせに」

「あれ以来あいつ俺らの前では絶対パンツ脱ごうとしなくなったもんなァ。ちゃんと履いてんのなんてあいつくらいだぜ」

「けどあいつの息子ムスコが今ちゃんとオトナになってるんだとしたら俺らのおかげなんだからさ、そこは感謝してほしいよな」

「……だよな」アルバートがステアリングに体をあずけたまま、意味ありげに右を向く。「なあ、そっち行っていい?」

 相手の言わんとしていることは言葉に出さなくとも伝わる。バーナードは交差させた脚を下ろし、スマートフォンの画面を暗くして後部座席に放った。

 闇の中のファイアフライのような光源が失われると、車内を照らすのは青白い街灯のあかりだけ――それでも狼の眼には昼も同然だ。

 アルバートが慣れた足さばきでセンターコンソールをひとまたぎし、向き合う格好で弟の太腿に跨る。

「さっきからすんげえシナモンの匂いがしてるんですけど」言いざま、弟と唇を重ねる。

 舌で歯列をこじ開け、ピリリと刺激的スパイシーな甘みで味つけされた唾液を吸って、舌下に隠された匂いのもとを探す。

 相手はさせるまじとをあちこち動かすので、いきおい口の中でふたつの舌の格闘のようになり、嚥下しきれなかった唾液が唇の端からこぼれ、さらに甘い香りを放つ。

「……〈ジョリー・ランチャー〉のシナモン・ファイアだろ」息継ぎと喘ぎの区別がつかない推測が吐き出される。「俺これ嫌い」

 唯一弟と好みが合わないものだ。

「俺は好き」言って、ぺろりと兄の口許を舐める。

 そのままカットソーの裾から手を差し入れ、その下の熱を帯びた素肌をまさぐる。

 幼いころからずっと一緒のベッドで寝ていて――さすがに体の大きくなったときに、両親にシングルベッドふたつに分けられたが、今でも片方の布団にもぐりこむことはある――ほかのどの兄弟よりも互いのことは知り尽くしている。女のそれと同じくらい、男の乳首が感じるようになるということも。

 案の定、両方をちょっとつまんでひねられただけで、アルバートは不意を突かれたといわんばかりに切なげな吐息を漏らす。

「なにケツをごそごそやってんの」

「いや、このシートこれ以上倒れないかなって」

「なんで」

「お巡りとかに見られたらさあ」

「ブサイクだったら張っ倒す、美人警官だったら参加しませんかって言う」

 双子は淫猥な微笑みを交わす。

 もともと人狼は性的な禁忌タブーをほとんど持たない。男でも女でもお構いなし、避けるものといえば近親婚と予定外の妊娠騒動くらいだ。

 どちらも狼になるときのために下着を着けていないので、アルバートが相手の張りつめたジーンズの前ボタンをはずし、引っかけないよう苦労しながらジッパーをおろすと、弟のそれがびっくり箱ジャック・イン・ザ・ボックスのように飛び出す。互いの硬いデニム生地のあいだできゅうくつそうにしている肉茎の先端からはすでに雫がこぼれ、裏地に染みをつくっている。

「もう濡れてる」アルバートがくすくす笑う。「キスで感じた? やらしいな」

「うるせ、お前だって似たようなもんじゃねえか」

 弟に敏感な突起を弄られて、同じ肉桂シナモンの匂いをさせながらジーンズの前をまさぐる兄の姿に、バーナードが喉の奥で笑いを漏らす。

 双子の弟――実際にはどっちがどっちであろうと彼らには意味を成さないが――が慣れた手つきで兄の前立てを解放する。跳ね出た分身の先っぽが期せずして触れあい離れると、キスをしたように、唾液に似たぬめりが細い糸をひく。

 上になっていて自由に動けるアルバートが、自分のものをバーナードにこすりつける。

「んっ……く」

 どちらのものかわからない、鼻にかかった声。

 鈴口から溢れる尿道球腺液をローション代わりに、敏感な先端部分をふたつまとめててのひらでやわらかく捏ね回す。

「――っ、は、ぁ……」

 下になった片割れが顎をのけぞらせて喘ぐと、シナモンの香りが一層濃くなる。ふたりの舌のあいだで、キャンディは跡形もなく溶けた。残ったのは火のついた肉体だけ。

「手がお留守」

 熱を持った耳朶に囁くと、生地の下にもぐりこんだ手がまたもぞもぞうごめき出す。

 密着しているせいで、暖房エアコンの切られた鉄の閉鎖空間の温度が上昇したように感じられる。

 期待にじわりと汗ばんだ脇腹を撫でおろし、骨盤の尖りから鼠径部をくすぐる。弟のいたずらな手が体のうしろに回り、アルバートはびくっとする。

「ここじゃれない……よな?」淫らな狙いに、バーナードの双眸がシナモンキャンディと同じ赤みを帯びた琥珀色にきらめく。

「いろんな意味でちょっと狭すぎてムリ。あと今度俺の番だし」

「ウソつけ。お前がコイントスで連続してウラテイル出すから悪ィんだろ」

 だってじゃんけんだとお前がズルするだろ、と文句を言いながら、引き締まった尻たぶをなおも揉みしだく手から逃れるように腰を動かすと、図らずも前が擦れ、弟をマスターベーションジャック・オフに使っているような感じになる――が、どちらにせよ同じことだ、気持ちよくさせてなにが悪い。

 ヘッドレスト越しに弟の首に片腕を回し、シートの上で上下に腰をくねらせるたびに、ふたりの昂りもぬめりを帯びて跳ね、それにつれて黒のハッチバックの車体が揺れる。絶頂に導けるほどの強い刺激ではない、くすぐったさを伴うもどかしい感じ。

「ちょ、お前ばっか遊んでてズルい……らしてんだろ」

「ゴメンゴメン、ついキモチよくてさあ」

「俺も……してよ」

 上目遣いでねだるように、弟がねたふうを装って尖らせた唇を自分のそれで覆う。今度は噛みつくような荒々しいやりとりだ。同時に、互いの手で相手のそれを緩急に強弱をつけて扱きあげる。

 吐く息が白くなるほどの車内の冷たさと熱さの中、上と下で、大きさの異なる水音が鳴る。

 どこをどうしたら気持ちいいのかは知り抜いている。なにしろ胎内にいるときから一緒なのだ。それでも自分でやらないのは――時に思うようにならないもどかしさがスパイスになるから。

 輪にした指で幹をひと巻きしキツめに搾りあげる。小さなスモモプラムみたいに赤く充血している亀頭グランスを指の腹でくすぐるのも忘れない。

「ッは、それ、そう、そこイイ……もーちょっと強く……」

「――バート、このアホ、やりすぎ、あんま腰振んなって……!」

 水面に顔を出して呼吸する人のように兄の唇から逃れ、バーナードが頭をのけぞらせる。

「俺じゃねえよ、お前だろ」目の前の、興奮に脈打つ首筋を唇と犬歯でなぞりあげる。狼になってじゃれあうときのようにかるく噛んで痕をつけてもいいのだが、仕事中に遊んでいたのがバレると面倒だ。

 いくらクッション性に優れているとはいえ、狭い助手席のシートは成人男性ふたりの体重にきしみをあげる。夜の空気はますます冷えてくるというのに、車内の熱気は冷めることをしない。

「――はァ、あ、クソ、ダメだ、もうく……ッ!」

「――ん、俺も」

 弟の耳元で熱っぽく囁きざま、耳殻の薄い軟骨を甘噛みし、熱情にまかせて、冤罪のおかえしとばかりに耳孔に舌先を差し入れて舐り回す――相手がそれにめっぽう弱いと知っての上で。

 思ったとおりビンゴ、バーナードは一瞬声を詰まらせ、兄よりコンマ何秒か早く全身を震わせた。


「……この大ボケ野郎」興奮冷めやらぬうちにバーナードが荒い息の下から言った。

「なんだよ」

ティッシュペーパークリネックスおいとくの忘れた」

「お前の服で拭けば」

「やなこった」

 アルバートはくすくす笑うと上体を離し、カットソーが胸の上までめくれあがった腹部に散ったふたり分の白濁を、片手の指でぬぐいとった。そのまま、それがカスタードクリームででもあるかのように弟の口許へもっていく。

 兄のしてほしがっていることがわかって、バーナードが指に舌を伸ばす。目の前に差し出されたのが指ではなくてもっと太い相手の一物のように、添えられた人差し指と中指の腹をつけ根から舐め上げ、わざと音を立てながら唇をすぼめて爪の先まできれいにしゃぶり、絡めた唾液が溜まった指の股まで舐め取る。帰ったら――そのころにはちょうどいい具合にしているだろうし――同じことを弟のべつの部位に対してやってやろうとアルバートが考えるくらいに。

「……クソまっずい」一滴残さずしゃぶっておきながら、思いきり眉根を寄せて舌を出す。

「なに食ったらこんな味になんだよ」

「お前と同じもの」

 双子のきょうだいは額を突き合わせ、二羽の鳩のように同じ笑いをこぼした。

「口直しにジョリー・ランチャー食う? スイカウォーターメロン味だけど」

「イラネ」

 この季節にスイカかよ。

 こいつの好みはわかんねえ。

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