エピローグ お祝い
BTGの優勝は俺にとってビッグニュースだった。
だけど、同時にもっと大きなニュースというか、事件に巻き込まれてしまったんだ。
ーー黒松 健二からのソムリエ資格剥奪と第5回BTG準優勝の取り消し。
どうやら奴は何かしらの不正を用いて、大会に参加していたようだった。
1回戦で全問正解できたのも、そのおかげらしい。
だから当然、決勝戦で同じ成果を上げた俺も疑われた。
でも俺自身不正をした覚えはないので、その旨を協会へ申し上げる。
李里菜たちも、必死に俺の無実を訴えてくれた。
そのおかげで、俺への疑いは晴れ、正式に優勝として認められたのだった。
……全く迷惑な話だ。
黒松の野郎、最期の最後まで水を差すような真似をしやがって……
そういえば、麗国ホテルは外資系のハインクラッドホテルグループに買収されたとか。
あそこには色々と黒い噂が絶えない。
もしも、まだあのホテルに残っていたら面倒なことに巻き込まれていただろう。
さっさと退職をして、本当に良かったと思う俺なのだった。
そんなわけで、ここ1ヶ月ほどは仕事やらなんやらでバタバタしていた。
だけどようやく落ち着いた、ということで……
●●●
「そ、それでは! 私の師匠である緑川さんの優勝をお祝いして……乾杯っ!!」
日髙さんの発声で開始された、1ヶ月越しの俺の祝勝会。
しかも今夜のTODOROKIは貸切だ。
この店、やたらと閉めたり、こんなことしてばっかりで本当に経営は大丈夫なんだろうか……
「やっぱり肉は分厚いのに限るネー!」
「薄くないお肉なのです! 久々なのです、ハフハフ!」
「良いお肉って、赤ワインによく合うよー! 毎日こうしたいよー」
妙にお金持ちな田崎さんは置いておいて、石黒さんと森さんはしみじみと言った様子で分厚いステーキと赤ワインを楽しんでいる。
確かにワインって大学生のお財布には結構きつい趣味だもんなぁ。
と、そんなことを考えていた俺の前へ赤ワインの入ったティスティンググラスが置かれた。
「李里菜?」
「このワイン、なんでしょう?」
脇の李里菜は悪戯っ子ぽい笑顔を浮かべている。
「チャンピオンの実力見せて?」
「了解だ、お見せしよう!」
李里菜の用意してくれた赤ワインはすごく濃厚で、パワフルで、まだまだ若々しい。
熟成への伸び代も十分に感じられる。
このワインはまるでこれからが楽しみな李里菜のような。
始まったばかりの俺とこの子の関係のような。
「……答えはカベルネソーヴィニョン、アメリカ、2021年位のすごく若いもの。どう?」
「大正解! やっぱり凄い!」
「ありがとう。李里菜もナイスセレクトだよ」
「アメリカ産牛肉と聞いたから、これにした!」
李里菜も段々とワインにハマってきている。
これからも、子のことワインを通じて、絆を深めてゆきたい。
強くそう思う。
「ねぇ、トモ……」
「ん?」
「決勝の時言ってた、大切な人って……」
「み、緑川さん! 私のもブラインドしてください!」
なぜか突然、日髙さんが割り込んできて、ワインを差し出してくる。
そして李里菜に睨まれ、怯えるのだった。
やっぱり日髙さん、ワインがだんだん詳しくなっている李里菜に対抗意識を燃やしているのだろうか……。
そんな中、黒い影が俺の頭上から覆った。
そして舞い降りるかのように、別にワイングラスが目の前に現れる。
「"大切な人"である私からの課題だ。心してティスティングしてねぇ……」
「ふ、不動さん!? なんでここに!?」
「君のことで知らないことなんてないのさ。私と君は強い絆で結ばれているからねぇ……」
ふと、袖が割と強めに引っ張られた。
李里菜だった。
「大切な人? 私じゃないの?」
「あーいや、それは……」
「んー? カベルネフランを出した、私じゃないのかい?」
「私も、イタリアのカベルネフラン出した!」
俺はなぜか李里菜と不動さんに睨まれてしまっていた。
そんな俺たちの脇で寂しそうに項垂れていた日髙さんだったけど、突然現れた染谷さんに背中を押される。
「逃げない! 行く!」
「そ、そうだね……! 負けない、私も……! あのっ! 南アフリカのワイン2種でましたよね!? 私も陰ながらですけど、大活躍でしたよね!?」
「ど、どうしたの日髙さんまで……」
何なんだ、何なんだ、何なんだーっ!
俺はただ優勝しただけなのに、どうしてこんなに責められなきゃいけないんだ!?
「智仁……」
「緑川さんっ……!」
「トモっ……!」
「「「あの時言ってた"大切な人って一体誰なの!?"」」」
誰も助けてはくれず、俺の祝勝会の夜は過ぎてゆく……
「Nice boat!」
「クロエ、そろそろ飽きるからやめるのです」
「せっかくの緑川さんの祝勝会なんだから無事に終わりますように! 終わりますように!」
「なんでも良いけどよ、俺の店を惨劇の現場にすんじゃねぇぞ……」
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