第31話 大切なひとへ感謝を……さようなら麗国 礼子、黒松 健二。


「正解は色付け用として造られたです! 緑川選手、まさかのパーフェクト狙いか!? グゥレイト! では緑川選手、大きな声でぶどう品種名をどうぞ!」


「ドルンフェルダー!」


ーー【ドルンフェルダー】1955年にヘルフェンシュタイナーとヘロルドレーベの交配によって誕生し、80年にワイン用ブドウ品種として認可された。ドイツでは2番目に多く栽培されているこのブドウ品種。

着色用と言われる通り、深い黒色が印象的だ。しかしそんな外見とは相反するように、タンニンや渋味は柔らかく、味わいもフルーティーで親しみやすい。更に甘口なんかも生産されている。

見かけたら是非一度、飲んでもらいたい赤ワインの一つだ。


「では……遂にこの瞬間がやってまいりました。泣いても笑っても、これが最終問題! ず・ば・り! 3番のブドウ品種名と生産国をお答えください!」


 最後の最後でまさかの王道問題!

さすがの礼子も、黒松も、これは外してなるものかとタブレットへ向かい始めた。


 そして俺は大切な人達を思い浮かべ、感謝をしつつ、静かに答えを書き込んでゆく。


「せっかくの最終問題なのでお一人ずつ聞いてまいりましょう。では、黒松選手!」


「"カベルネフラン"! フランス・ロワールッ!」


 黒松の答えは、カベルネフランというブドウ品種にとって王道の答えだった。

カベルネフランといえば、確かにロワールのシノンやブルグイユが有名どころだ。


「なるほど。続いて麗国選手! お願いします!」


「こんなの簡単だわ! 答えは"カベルネソーヴィニョン"! 生産国はフランスよ!」


 確かにカベルネフランはカベルネソーヴィニョンと同じようなニュアンスを感じる。

さすがはカベルネソーヴィニョンの親に当たる、フランといったところだ。


……だけどよ、礼子、お前本気でこの答えを選んだのか?

カベルネソーヴィニョン100%で、フランスだと?

生産されているとしても南フランスあたりで、色合いも、味わいももっと濃厚に仕上がっているはずだ!


「最後に……大会始まって以来のパーフェクトを出すのか!? 緑川選手! よろしくお願いいたしますっっっ!」


 答えが喉を迫り上がってくる。


 真っ先に浮かんだのが、不動さんの姿だった。


ーー『君はなんのためにこんなことをしているだい?』ーー


もしかして本当にあの人は、未来を予知できる魔女なのではないかと思ったくらいだ。


ーー『緑川さん、頑張ってください!』ーー


日髙さんのような良い弟子に恵まれて良かった。

あの人の応援にはいつも励まされている。

実力もだんだんついてきているし、俺も師匠としてウカウカしてられない!

そして……


ーー『珍しいな、イタリアのだなんて!』


  『寧子と沙都子と相談して買った! 2000円くらいでとってもお買い得だった!』


  『ありがとう、李里菜。こういうの本当に嬉しい! すごく勉強になったよ』ーー




「3番は……【カベルネフラン!】【イタリア!】【フリウリ=ヴェネチィア・ジュリアーノ州!】


「しかしてその根拠は!?」


「まずイタリア独特の果実味豊な印象がありました。イタリアワイン全てに共通する塩味を感じましたので!」


「そうですか。では……」


 長谷川理事は一拍を置く。

会場内へさらなる緊張感が走った。


「おめでとうございます、緑川選手! パーフェクト達成! そして同時に緑川 智仁選手! 第5回ブラインドティスティンググランプリ優勝ですっ!!!」


 割れんばかりの拍手喝采が会場を席巻する。


 李里菜をはじめとしたみんなの熱い視線に、否が応でもこうふんが高まってゆく。


「よっしゃぁぁぁぁーー!」


 思わず雄叫びをあげてしまった後、とっても恥ずかしいと感じたのは割とすぐのことだったりして。


「良い雄叫びありがとうございました!」


 だけど優しい長谷川理事のフォローがあって、恥ずかしさもだいぶ軽減されたのだった。


「それではまず、緑川チャンピオンに一言いただきましょうか!」


「うえぇっ!? い、今っすか!?」


「はい、どうぞ! 高まっているうちに!」


「えっと……実は最後の問題を当てられたのって、大切な人の支えがあったからなんです!」


「ほう!」


「だから今、この場を借りてお礼を言いたいです。ありがとうございました! そしてこれからも末長くよろしくお願いします!!」


 なんだか観客席で、俺の知り合い達がわちゃわちゃしているのはなんでだろうか?

 あ、あれ? 日髙さん、なんで手で顔を覆っちゃってるの? しかもそんな彼女の肩をいつの間にか現れた、染谷さんが撫でてるし……優勝、喜ばれてないのかなぁ……?


●●●



(くそっ、優勝を逃したか……だが、しかし……!)


 第5回ブランドティスティンググランプリ第2位準優勝ーー黒松 健二。


 辛うじていくつは品種名を当てられたことが奏功したらしい。

麗国 礼子よりも上には立つことができた。

これであの女に大きな顔をされることはなくなるだろう。


(ふふ……この成果を元に、もっと上へ……鶏口となるも牛後となることなかれ……!)


 黒松は控室で表彰式の時間を待ちながら、次の展望を妄想している。

そんな彼の元へ突然、主催協会の職員とそして後輩の田中が現れたのだった。


「黒松さん、少しお話を伺いたいのですが」


「な、なんでしょうか……?」


「こちらをご確認ください」


 職員はそう言って、田中のスマートフォンを差し出してくる。

そこには黒松が送らせた、BTGの課題ワインの画像がしっかりと表示されていた。


「この送信先のアカウントは、黒松さんのもので宜しいでしょうか?」


「こ、これはその……た、田中! お前、嵌めたな!」


「……」


「待ってくれ! これはその、俺は冗談半分で、田中へ言ったら、コイツが勝手に送ってきて……!」


「はは……あはははっ!!」


 突然、田中が不気味な高笑いをあげた。


「往生際が悪いんだよ、先輩!!」


「ーーッ!?」


「あんたなんかに屈した僕がダメだったんだ……僕はもう破滅っす。でも、1人で堕ちるの寂しいんっすよ……」


「くっ……」


「僕と一緒にとことん落ちましょうや。なぁ?」


「き、貴様……!」


「なぁ、黒松ぅっ!」



●●●


(くだらないわ! 所詮ワインなんてただの酒じゃない!!)


 大敗を期した麗国 礼子は、表彰式そっちのけでネオオーニタホテルを出てゆく。

そんな中、社長である父親から電話が入った。

 今は出る気分じゃないと無視をする。

しかし、しつこくかけてくるものだから、とりあえず電話に出ることにした。


「しつこいわね! なんなのよ! 今忙しいのよ!」


『……大事な話がある。今すぐ、ハイクラッドホテルのラウンジに来なさい』


「あんたはいっつもそう……昔から自分の都合ばっかで、私のことなんてこれっぽちっも!」


『我が社の今後に関わる重要な話だ。今すぐ来なさい!!』


 結局、礼子は渋々ならがも指定された場所へ向かってゆく。

するとそこには父親と白人系の外国人がいたのだった。


「初めまして礼子さん! ハイクラッドホテルグループのキャンベル・アーリーと申します」


「ど、どうも初めまして……えっと、これは一体……?」


「我が麗国ホテルはこれよりハイクラッドホテルグループの一員となったのだよ」


 ハイクラッドホテルグループは世界に名を轟かせる、一大高級ホテルチェーンだ。

その傘下へ麗国ホテルは入ったらしい。

経営が思わしくない麗国にとっては、良いニュースにも思える。

しかし礼子は嫌な予感が拭えずにいた。


 そしてハイクラッドホテルグループ傘下になり、約1ヶ月後に実施された経営会議でのこと……


「賛成多数により、麗国 礼司と麗国 礼子の取締役を解任といたします!」


「嘘……でしょ……ねぇ、お父さんっ!!」


 礼子は会議室へ悲痛な叫びを響かせる。

しかし父親は既にこの決定を受け入れている様子であった。


「礼子さん、良い加減にしてください。貴方のそういった子供じみた言動が、この会社を腐らせたのです。まだお分かりになりませんか?」


「くぅっ……!」


「選択肢を与えます。このまま大人しくこの会社を去るか、それとも一従業員としてポスティング係を引き受けるか。どちらがよろしいでしょうか?」


「冗談じゃないわ! このホテルは麗国家の、私のものよ!」


……結局、キャンベルの狙いは麗国ホテルを乗っ取ることだったのだ。


 プライドの高い礼子は、ポスティング係に堕ちることを認めず、会社を去ってゆく。

その後、この女がどうなったのか。

風の噂では堕ちるところまで落ちたと聞くが、詳しく知るものは殆どいない。

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