第27話 第5回BTG本戦開始ッ!!ーー世界各国津々浦々の白ワイン品種ーー


「……頑張って、トモ! 席でみんなと応援してる!」


「ありがとう。それじゃあ、また会場で!」


 淀みない李里菜の応援を受け、俺はBTG決勝戦へ向かってゆく。


 開催場所は国内屈指の一流ホテル"ネオオータニ"

入るだけも緊張してしまうような超高級ホテルの一室が、BTGの決勝戦の会場となる。


たしかここって黒松の古巣だったよな。

奴はどんな気持ちで、ここのエントランスを潜ったんだろうか……いや、今は他人のことなんてどうでもいい。

俺は俺がやるべきことをここでなす。


 応援してくれたみんなや、李里菜の期待に応えるためにも!


 既に控室には俺を含む、10人のファイナリストが集まっていた。

ほとんどの選手達は、教本を眺めたり、何かのプリントに視線を落としてて落ち着かない様子だった。

どうやら品種特性などを、文字で再確認しているらしい。


 そんな真面目な選手達の中で、呑気にスマホをいじっている"麗国 礼子"と、横にぴったり付き添っている"黒松 健二"の姿を発見した。奴らも俺の存在に気がついたらしい。

あっちからわざわざ俺の方へ歩み寄って来てくれた。


「ごきげんよう"緑川さん"。再開できて嬉しいわ」


「ご無沙汰しております"麗国さん"、それに"黒松さん"も」


 かつて俺はこの礼子と結婚の約束さえするほど、愛していた。

 礼子は高慢で、わがままで……でも、可愛いところもあった。

交際は礼子が強引に押し進めてきたことだったが、俺自身もそのうち礼子のことを愛せるようになっていた。


ーーだが、今考えれば、礼子にとって俺は、こいつが自由をえるための"生贄"であり、親族への"復讐"の手段でしかなかったとわかったのは、もうだいぶ前のことだ。


 故に俺はもう、この女のことをなんとも思ってはいない。

今はただ、目の前に立ちはだかるファイナリストとしてのライバルの1人だ。


「必ず私と黒松がお前を叩き潰すわ。覚悟なさい」


 どうやらあっちも、こちらへの愛情は失っているらしい。

むしろこうしてはっきり宣言された方が、やりやすいことこの上なし。


「正々堂々、お互いに全力を尽くしましょう」


 とりあえずにこやかスマイルで握手を求めたけど、当然礼子の奴は、鼻を鳴らして背を向けたのだった。


 まぁ、こういう礼子の態度はいつものことだからあまり気にならない。

むしろ気になるのは……


(黒松のやつ、妙に大人しいというか冷静だな。よっぽど自信があるんだろうか……)


 むしろ注意すべきは天才の礼子よりも、黒松の方なのかもしれない。



●●●


 ブランドティスティンググランプリーー国内最大級のソムリエ組織が主催をしている今回で5回目を迎えるこの大会。


 ファナイリストは全国から厳しい予選を勝ち抜いた上位10名。

一回戦目で人数が絞り込まれ、3名で決勝戦が行われる。


 競技内容としては、まず配られた5杯のワインを15分間でティスティング。

必要あらばめメモをとり、後に出題される設問に対して、タブレットで記入・回答をしてゆく形式だ。


(ぶっちゃけ、フルコメントしなくて良いから、気楽なんだよなぁ)


 国際大会や、他の大会ではそれぞれのワインに関して、外観・香り・味わいに対して事細かなコメントが求められる。

これが結構難儀だ。今でも、俺はよく不動さんから「品種は合っているけど、そのコメントは適切じゃないねぇ」なんて、ご指摘を受けることも多々ある。


 しかし! この大会で聞かれるのは主に「使用品種」「生産国」「収穫年ヴィンテージ」そして時々「そのワインの特徴」だ。


 だけど油断は禁物。


 観客席では李里菜をはじめ、ワインラバーの会の三人や、わざわざ有給をとって駆けつけてくれた日髙さんの姿もある。

きっと不動さんや等々力、浅川さんあたりもオンライン配信で見ていることだろう。


 みんなの期待には応えたい。

そしてーー


 俺の脇には礼子、黒松の順番に座っている。


 礼子は天才、黒松からはどこか不穏な空気を感じる。


 他の選手達の存在も油断はできない。


 そう考えると、否応なしに緊張感が高まり、変なプレッシャーを抱きはじめた。


 だから俺は、観客席にいる李里菜を見遣った。


「? ッ!」


 俺の視線に気づいた彼女は、小さく手を振って合図を返してきてくれた。


ーー勝ち負けも大事だ。特に礼子と黒松には絶対に負けたくない。

でも、それ以上に、俺がこうしてこの場にいるのは李里菜とこれからも楽しいワインライフを過ごすためだ。


(これから出てくるワインは全部、李里菜を喜ばせるため……!)


 気持ちは落ち着き、固まった。


「本大会の司会進行を仰せつかった長谷川です! 皆さん、これより決勝戦です頑張ってください! それではワインの準備をお願いしますっ!」


 そして一回戦の課題である、5杯のワインが目の前に並びはじめた。 


 一回戦の課題は、全て白ワイン。


 開始の合図とともに、俺は最初のワインへ手を伸ばす。



……

……

……



「はいっ! そこまでです! もうワインには触れないでくださいね!」


 司会の長谷川さんの仕切りで、ティスティングは終了した。


 さて、ここからが本当の一回戦!


 少しライバル達の様子が気になったので、横目で少し様子を伺ってみた。

どうやら大半の人は難儀したらしく、難しい顔をしていた。


「ふふん……んふ……」


 そんな中、礼子は余裕の表情だった。

悔しいがさすがというべきか。


「……」


 相変わらず黒松は何を考えているのか伺い知れない。

ある意味、こいつが1番危険だと思った。


「1番目のワインの品種と生産国を記入してください!」


 スタンダートに攻めてきたな!

1番は【アルバーリニョ】生産国は当然、発祥の地である【スペイン】!


ーーアルバリーニョは黄金色の外観、黄色りんごのような香りながら、口当たりがスマートな印象の白ワイン用の品種だ。

海の近くで栽培されているので、やや塩味に近い味わいがある。

近年、日本でも新潟を中心に栽培面積が広がっている。


(李里菜特製の魚介パスタと、アルバリーニョ……うん、腹が減ってきた!)


「正解は……アルバリーニョ、スペイン! 緑川選手、麗国選手、黒松選手大・正・解! おめでとう!!」


 観客席の李里菜と日髙さんの尊敬の小さな拍手と尊敬の眼差しが、ものすごく嬉しかった。

良し、この調子で!


「続いて2番のワインの生産地域をお答えください!」


2番は【シルヴァーナー】で間違いない。

これも色合いが濃い割には、レモンのようなスマートさが売りの品種だ。

主な栽培地域はフランスのアルザス地方か、ドイツのフランケン地方。

確率は2分の1。正直、このワインは品種の特定が出ていたが、生産地域が絞り込めていない。


……どうするか。

このワインは黄色味が薄い。ならば、冷涼な気候での栽培が予想できる……!


「正解は……シルヴァーナー! 生産地域はドイツのフランケン地方です! 麗国選手、黒松選手2問連続大・正・解! 素晴らしいっ!!」


「ーーッ!!」


 まずい外した。

近年、温暖化の影響でフランケンのシルヴァーナーは昔よりもボディがしっかりしたタイプが多くなってきている。

しかし今回のワインはスマートでエレガントな印象だったので、冷涼なアルザスとしてしまっていた。


 でも一問外しただけ。

まだ挽回の機会はある!


「いよいよ中盤、第3問! このワインの葡萄品種は、交配品種です。その交配とは!?」


 出た! 変則問題!

 ティスティング能力に、知識を掛け合わせた難問だ。


「……?」


 ここに来て、礼子が初めて首を傾げた。

能力は天才的だが、知識がからきしな礼子にはこの手の問題は鬼門の筈。


「くく……」


 黒松の奴、わかってるのか?

やはりこいつが1番のライバルか。

だけど、負けない! だってこのワインはーー


「3番! 信濃リースリング! リースリングとシャルドネの交配品種が正解だ! 緑川選手・黒松選手おめでとぅー!!」


【信濃リースリング】ーーとある日本の大手メーカーが1990年に開発した品種だ。

日本では栽培の難しいリースリングへ、栽培のしやすいシャルドネを掛け合わせたこの品種。

近年では甘口が非常に有名で、国内での評価も高い。



『これ、んまいネー!』


『甘口なんてBTGで出るわけないじゃないですか……』


『でも、良いね! 信濃リースリング! 美味しいね!!』



ーー先日、家を訪問してくれた田崎さんがこのワインを出してくれていた。

ありがとう、田崎さん!

優勝できたら、君には極上のトロッケンベーレンアウスレーゼをご馳走するぜ!


 さぁ、この調子で!


「第4問! このワインの"収穫年"、並びに品種、生産国をお答えくださいっ!!」


 収穫年、つまりヴィンテージ。

これを強調しているということは、もっとも評価点が高いはず。


 黄色味ががかった外観、黄桃や花のようなニュアンスに、優雅な酸……これは【シュナン・ブラン】と考えて良さそうだ。

そしてこのボリュームのある果実味と、エレガントな印象が混在している雰囲気は……




『2021、20、そして17年が南アフリカでの直近のグレートヴィンテージなんですって!』


『そうなんだ! よく勉強してるね!』


『はいっ! だって私、緑川さんの弟子ですからっ!!』



ーーそういやこの間、日髙さんとはそんな話したっけ。

なんとなしに、その時のワインに近いように感じている。

ありがとう日髙さん。これからも末長く宜しく。

俺は、君との思い出を信じるっ!



「4番の収穫年は……2020年! 南アフリカ! シュナン・ブラン! 緑川選手、惜しいっっっ! そして黒松選手、またまた大ーせーいーかーぁーいっ!! おめでとうっっ!!!」


 黒松、恐ろしいな。これがこいつの実力か?

とはいえ、俺もヴィンテージは日髙さんと一緒に試した2021年としたので、ほとんど差は無い筈。

俺に対して礼子は、品種と国はあっていたが、ヴィンテージは2015年とかなり当てずっぽうな印象だ。



「では一回の最終問題。泣いても笑っても、これが一回戦の最後の問題! 第5問!! 5番のワインの代表的な産地をお答えくださいっ!」



 ボーナス問題だ!


 白桃、アプリコット、ジャスミンや金木犀のニュアンス。

口当たりには非常に厚みがあって、心地よい。

俺としては、このブドウを使ったワインは非常に蠱惑的だと感じている。




『おお! これ美味いな、智仁!』


『トモくん、さっすがー!』



ーー以前、このワインをプレゼントして、兄貴と晶さんはとても喜んでくれた。

あの時、兄貴の前にもかかわらず、俺は少女にように喜ぶ晶さんをみてどきどきしてたっけ。

大会が終わったら、結果がどうなろうと、一度墓参りに行って、このワイン……ヴィオニエを捧げよう。



「では解答です……5番のワインの葡萄品種はヴィオニエっですっ!!!」


 ヴィオニエは主にフランスの南西部、コート・デュ・ローヌで栽培されている。

特に有名なのが"コンドリュー"と"シャトー・グリエ"


 俺と礼子はコンドリューと記入し、黒松はシャトー・グリエ。

他の選手達は国名だけだったり、見当違いな解答だったりと様々だった。



ーー全ての問題が終わり、点数の集計が行われる。

そして……



「決勝進出は 緑川 智仁選手! 麗国 礼子選手! そして黒松 健二選手で決定いたしましたっ!! まずは決勝進出を決めた御三方へ盛大な拍手をー!!」


 会場から割れんばかりの拍手が贈られた。

 嬉しさもひとしおだ。


 そしてようやく、サシの勝負ができるところまで来た。


 麗国 礼子そして黒松 健二。

 絶対にお前達には負けないっ!!

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