第13話 李里菜特製牛すじ煮込み!


「先、お風呂! 今日はゆっくり!」


 李里菜はひょっこり顔を覗かせて、そう言ってきた。

なにか仕込みがあるんだろう。

なら、今夜はゆっくりと湯船に浸かりますかね。


 風呂で30分。

李里菜から「もう少し待って!」と言われたので、食事前にメール確認や事務処理をする。

そうして帰宅してから大体1時間後「もう良いよ!」と、我が家の李里菜料理長からお許しが出た。


「おっ! 良い匂い」


 キッチンへ行くなり、お肉のいい匂いが鼻をくすぐった。


「お待たせ。どうぞ!」


 席へ着くなり李里菜が差し出してきたのは、トロトロによく煮込まれた"牛すじ"

しかもルビー色をした煮汁が、たっぷり溢れ出ている。


「李里菜、もしかしてこれって?」


「半分、使っちゃったけど、大丈夫……?」


 李里菜は少し不安げな様子で、持ち帰ってきたボルドー赤のワインボトルを掲げて見せる。


「今日牛すじ煮込み作ろうと思ったら、トモが赤ワイン持って帰ってきた。だから凄くしたくなっちゃって……。我慢させてごめんね?」


 李里菜特製"牛すじの赤ワイン煮込み"ーー何かがつながった気がして、すぐさまワイングラスを用意する。

残ったボルドー赤をグラスへ注ぐ。

そしてまずは、牛すじの赤ワイン煮込みを一口。


 ほろほろな牛すじに赤ワインのコクと適度な酸が合わさって、普通の牛すじ煮込みよりも格段に美味い。

更に煮込み用に使った赤ワインを口へ運べば……


「おお! やっぱり旨いっ!」


 同じワインを使っているんだから、合わないはずがない!


「李里菜! この牛すじ最高だっ!」


「あ、ありがと! そこまで喜んでくれるだなんて、意外……?」


「さぁさぁ、李里菜も試してみてよ!」


 李里菜にもワインを勧めて、2人で舌鼓を打つ。


「李里菜! 食事の後で良いから、今日のレシピを教えてくれ!」


「い、良いけど……?」


 これなら行ける!


●●●


 そして数日後、試行錯誤の結果、ワインバルTODOROKIで大ヒットメニューが誕生する。


「お待たせしました、ペアリングセットですっ!」


 一杯のボルドー赤のグラスワインに、そのワインを使った牛すじの赤ワイン煮込み。

これにサラダかカップケーキがついて、1000円ぽっきり。

 気軽にワインが楽しめるということで、お客さんには好評だ。


 でも一番の要因はーー


「ほぅら、ゆうきもっと笑って!」


「い、今は仕事中だよ! 無理だよぉ!!」


 仕事終わりの染谷さんは、いつもスマホのレンズで日髙さんの仕事風景を狙っていた。

 一度染谷さんの撮った画像を見せてもらったのが、プロ顔負けの画像ばかりだった。

綺麗な写真を撮るのが趣味らしい。会社のホームページや、営業資料でも彼女の撮った写真が使われているそうな。

更に主に食事風景といった内容で、SNSでも結構なインフルエンサーになっているらしい。

そんな染谷さんにかかれば……


「ほら、良い感じ!」


「加工しすぎじゃ?」


「お肌を少し白くしただけだって。そいじゃ!」


 笑顔が天使すぎる日髙さんの仕事風景が、染谷さんのアカウントを通じて、全世界へ一気にばら撒かれる。

これを機に、お客の増加が止まらない。


「お前もフリーランスなんだから自己発信は必須だぞ。染谷さんに教わっておいた方がいいぜ?」


 キッチンから等々力が出てきて、そう声をかけてきた。


「だな。SNSってすげぇのな。俺の持ってきたレシピいらなかったんじゃ?」


「ばか、それがあったから今があるんじゃないか」


「そうかなぁ……」


「同じワインを料理にも使うんだから、グラス提供がしやすい。ワインだけならなんの変哲もないもんだけど、料理と合わせることで旨くなる。本質がしっかりしてるからこそ、バズってるんだろ?」


「そうか?」


「そうだとも! 店的にも、料理とグラスワインの両方に使えるんだから大助かりだ! さすがは緑川だ!」


 褒めちぎられて正直恥ずかしかった。

今日はまだ混みそうもないので、先に夕飯を食べさせてもらおうと、バックヤードへ下がってゆく。


「は、入っていも良いですか……?」


 ふとコンビニ弁当に手をつけようとしたところ。

扉の向こうから日髙さんの声が聞こえてくる。


「どうぞー」


「失礼しますっ!」


 凄く緊張した様子の日髙さんが飛び込んできた。

もしかしてまたお客さんとなにかあったのか?


「一度ならず、二度までも本当にありがとうございます! お礼を言うのが遅くなってすみませんでした! 良かったらこちらお召し上がりください!」


 日髙さんは最敬礼をしつつ、両手で紙袋を差し出してきた。

とりあえず「ありがとう」と告げて、紙袋を受け取る。


「おっ? チョコケーキ?」


「はいっ! あの赤ワインをたっぷり使ったので、良い風味に仕上がっているかと思いますっ!」


 遠慮せず、綺麗なラッピングを解いてチョコケーキを一口。

瞬間、ふわっと赤ワインの香りが口の中に広がった。

次いで濃厚なチョコの風味が追いかけてきて、強い満足感を抱かせる。


「日髙さん!」


「は、はいっ!」


「これマジで旨いよ! 店で出したら良いんじゃない?」


「え? そ、そうですか……?」


「ああ! 全然、ありあり!」


「緑川さんがそんなに褒めてくれるなら……頑張っちゃおうかな?」


 日髙さんは頬を朱に染めつつ、そう呟く。

そんないじらしい様子がとても魅力的で、意図せず俺の胸が一瞬高鳴りを覚える。

本当、日髙さんって愛らしさと綺麗さのバランスが絶妙なんだよなぁ。


「あのっ! 緑川さんっ!」


「何?」


「あの、えっと……緑川さんには、彼女とか……」


「おーいっ! 緑川、お前に客だぞ! 早く出てこい!」


 日髙さんの声を塗りつぶすように、等々力の声が響いた。

もしかして浅川さんか、そのお友達でもきたのか?


「日髙さん、ごめん。俺行かなきゃ」


「あ、はいっ! すみません!」


「そういや何か言いかけていたようだけど?」


「なんでもないですっ! 早く行ってくださいっ!」


 なぜか日髙さんに背中を押されて、休憩室から追いやられた。

休憩中だったの俺なんだけど……なんてことを考えつつ、ホールに出ると


「き、来ちゃったっ!」


「李里菜!?」


 ホールへ出るなり、髪を下ろし、少しお化粧をして、綺麗に着飾った李里菜と出会した。


「もしかして……」


 李里菜は今でも両親の事故の影響で、夜あまり1人でいたがらない。

しかし彼女は首を横へ振って見せる。


「違うよ? トモのおかげで、もうだいぶ大丈夫っ」


「そうか」


「今夜はトモの働いてるところ、みたかった。か、かか……かっこいいねっ!」

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