Work is my Life
シンセティックはこの私の寝室や、使用人用の部屋や応接間などがあるこの館を新館、新館の裏にある一段と老朽化した館を旧館と呼んでいた。
新館はお客さんや私や使用人たちが生活できるスペースが主で、逆に旧館は魔術的な設備や試料やらが大量に存在し、一種の研究所の様相を示している。
私が今いるのは新館三階、見晴らしのいい大きな窓が付いたベッドと本棚と小さな机にランプなどといった簡素ながらに快適に暮らせる良い空間だ。
私は胸ポケットに収まる程度の小さなメモ帳を小さな机に乗せて、純白の紙面にインクを走らせている。
コンコンコンと、三回、丁寧なノック音が静かな部屋に響く。
「どうぞ」
「失礼します。」
メイド服を着たシンセティックが大きな寝室のドアの片方だけを開き、部屋の中に数歩入ってくる。
「朝食の用意が出来ました。」
時刻は朝8:00、軍務に就いていたころはもう二時間は早く起きていただろう。
「分かった、今そちらに向かおう。」
ベッド近くの洋服掛けにかけておいたいつものローブを手早くはおり、シンセティックさんの元へ向かう。
「では、ご案内いたします。」
「ああ...あっ、すまん少し待っててくれ。」
そういえば忘れ物をしていたことを思い出した。
私はベッド脇の小さな机の元へ行き、そしてぱたんと勝手に閉じてしまった小さなメモ帳を手に取り、胸ポケットに突っ込む。
「すまない、忘れ物をしていた。」
「いえ、ではご案内いたしますね。」
コツコツという足音を真っ赤の絨毯が吸収し、くぐもった小さな響きを創り出す。
角を何度か曲がり、階段を二度降りて少し歩いた先にようやく食堂、と言うとなんだか違う気がするが、大きな暖炉と絵画、よく手入れされた観葉植物と艶のある木材で出来た長机と装飾の為された椅子がある豪華な食堂に案内された。
案内された食堂からは、甘くてふんわりとした香りが鼻腔をつく。
「こちらのお席へどうぞ。」
長机の端の一番奥の席に案内された。
所謂誕生日席と言う奴だ。
香りの元は目の前にある四角いワッフルと、その周りにグリーンサラダとポテトサラダと、こんがり焼かれたベーコンがきれいに並べられたプレートで、出来立てか湯気がまだ立っている。
そのプレートのそばにはコーヒーと食器類が添えられている。
「もう頂いてもいいかな?」
「勿論、いつでもどうぞ。」
では、とプレートに添えて置かれていたナイフとフォークを用いて頂く。
ベーコンは胡椒が効いてて甘いワッフルとちょうどいい塩梅をしている。
グリーンサラダも、味付けはオニオンとガーリックのソースで美味しかった。ポテトサラダも滑らかと言うか、濃厚な舌触りでとても満足のいく朝食だった。
と、食後のコーヒーをいただきながら思考する。
やっぱり軍の食堂とは違うな。
昨日のディナーもおいしかったし、腕のいい料理人がいるようだ。
ただ気になることが一つあるとすれば。
「お下げしますね。」
「ありがとう。」
一人だと寂しいな、これは。
いくら私が良いと言ってもあくまで使用人と主人の関係、彼らにとっては私は主人なわけで、一緒に食事をとるというのは難しいんだろうか。
胸ポケットからさっき強引に突っ込んだ小さなメモ帳を取り出す。
魔術師と言うのは魔術に関係することを覚えすぎて時折重要なことを忘れてしまう事がある、きっとそうだ。
かつて最強の魔術師と言われた私に忘れ癖があるなんてそんな馬鹿な話はないだろう。
だからこうやってメモを取って忘れないように、忘れても思い出せるようにしている、軍人時代(大層昔の事のように語っているがほんの数カ月前の話だ)からの癖だ。
旧館の設備は破損しているものが多く、何とか修復する必要がある。
そしてドリアードの庭師、確かケルナさんと言ったはずだ。
彼女の容態の確認をする必要がある。
後はこの館の主として使用人たちに挨拶をしなければならないだろう。
まあこれはきっとここで生活をしていくうちに達成できるだろうから大丈夫か。
それと、この別荘地は相当にでかいらしい。
具体的に言えば南方にあるエイルズという山と、東方に広がるビーチと海と、北と西には何があるか覚えていないが、まあ相当にでかいわけだ。
この地域一帯の探索を行わねばならないだろう。
あとは魔法大全を解読して、シンセティックさんの姉の病の治療法を探して...
「多忙な日々から逃れて平凡な生活を得ようとここに越してきたが、結局仕事からは逃れられなかったか。」
「私の人生は仕事で出来ているのかもしれないな...」
深刻な話だ。
まあ仕事は好きだからいいけど。
そんなことを考えていると。
「ハザードさm...先生、よろしければこの新館旧館以外の施設の案内をいたしますが、どうされますか?」
「いや、自分で見て回るから構わないよ。」
「...そうだな、地図だけ貸してもらえるかい?」
「分かりました。」
とてとてと食堂を出ていき、数分が経って脇に丸めた紙を携えたシンセティックさんがやってきた。
「これが、この別荘地の地図です。」
「ああ、ありがとう。」
この新館、旧館以外にも植物園だったり工房だったり、山の向こうには採石場や鉱山もあるらしい。
「全く恐ろしいな、ここは」
「植物園は管理の手が行き届いていないので危険ですからあまり行かないほうが良いかと。」
「なるほど...なにかここには行っておいた方がいいってところはあるかな?」
「うーん...工房でしょうか、あそこには色々な工作機械もありますし、魔術設備の修復をするなら確実に頼らないといけませんし。」
「分かった。ならまずは工房に向かうよ。」
「もしも何かありましたら、私は新館におりますので、呼びかけてくだされば。」
「頼もしいな。」
その地図を四つ折りにしてポケットに突っ込む。
「じゃあ行ってくるよ、シンセティックさん。」
「シンセティックで構いません。」
「そうか、じゃあ行ってくる、シンセティック。」
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