書斎の眠り姫

あの後、私はシンセティックに連れられて館の中を案内してもらっていた。

案の定魔術的な実験施設や設備が多く、たまにまともな部屋がある程度で多くは如何にも魔術っぽいおどろおどろしい雰囲気で覆われていた。

そのまま案内を聞きながら歩いているうちに、廊下の端の黄金の縁と大理石の柱と、上部に幾つもの宝石を持つ仰々しい扉の前に着いた。

なるほど、その扉のちょうど目線の辺りには書斎と文字が打たれた金属製のネームプレートがある。

自分の家を持つ魔術師達が自らの書斎を過度に装飾することは珍しいことではない。

全ての魔術的学問に精通する魔術師たちにとって書物とは相棒であり、はたまた助手であり、宝である。

故に書物に敬意を示すためにこれほどまでに装飾を行うのだ。

さすがにこれほどまで豪華に装飾されたものはなかなかに見たことがないが。

「すいません、一つハザード先生に話し忘れていたことがありました。」

「忘れていたこと?」

「この大きな館とこのあたり周辺の土地の管理を私一人で行うのは、どうしても難しいんです。」

「難しいというよりか不可能じゃ...」

「出来なくはないんですけど、それを毎日続けるというのはどうにも...」

「それでも出来るのか...すごいな。」

「ありがとうございます。それで話の続きなのですが、この広大な土地の管理を任されたのは私だけじゃないんです。」

「シンセティックさん以外にも誰かいるのか?」

「はい。アラートさんがこの館で暮らしていたころにアラートさんの手伝いや土地の管理を任されていた何人かの専門家達だったり、メイドだったりがまだ館で生活しています。」

「庭師はいないのか?」

「ドリアードの庭師が一人います...ただ、彼女は病に侵されていて...」

「庭師さんは今どこに?」

「この別荘地の南の方には蒼緑の木の森があります。そこの奥深くに建てられたグレートウッドの木材で作られた小屋で療養しています。」

「植物の精霊だからな、きっとそれが一番いいだろう。」

「所で、何故急にそんな話を?」

「...この書斎で、私の姉が眠っているんです。」

「眠っている?」

「はい、眠っていると言っても本当に寝ているというわけではありません。」

「姉は病気でした。私も同じ病気にかかっていたのですが、何とか治療できる程度でした。ですが姉の病状は深刻で、街の医者には治せないと...」

「それは...でも、眠っているということは今も生きてるんだろう?」

「はい。ある日、私はアルバディアス・アラートという腕利きの魔術師がいるという噂を聞いて、その人なら姉を治せるんじゃないかと思ってアラートさんの元を訪ねました。」

「なるほど、君と祖父はそうして出会ったわけだ。」

「アラートさんの元についてすぐに、姉の病気を治せるかどうか聞きました。」

「アラートさんは、『分からない、ただ不可能ではない』と。」

「それから?」

「それからアラートさんは色々な分野の魔術の研究をして、何とか治療の道がないか模索し続けてくれました。その間、私は姉の面倒を見たりこの館の清掃を行ったりしていました。」

「しかし、日に日に姉の体は衰弱していき、誰の眼にももう長くはないだろうと写ってしまうほどでした。」

「このままでは死んでしまうと、アラートさんは姉を高エーテル空間に晒して、凝固現象を用いて姉を石の中に閉じ込めました。」

「それで眠っていると言ったのですか。」

「はい...ハザード先生には関係のない話です。あなたは姉と話したこともないことも承知の上です。姉の病を治療していただけませんか?」

縋るようなその目で見つめられて、首を横に振ることのできる人間は少ないだろう。

しかし本当にできるのだろうか?

実際にそれほど面識があったわけではないが、それでも彼が高名な魔術師であったことは知っている。

そんな彼でもできなかったことを、私ができるのだろうか?

「私は...私にはキミのお姉さんを絶対に治療できる、とは言えない。」

「...」

「ただ、キミのお姉さんを縛る病気の解明に全力を尽くすと、それは約束しよう。」

「本当ですか...?」

「勿論だ。」

「...本当にアラートさんの...なんですね...」

「?なにか言ったかな。」

「いえ、では書斎を案内いたしますね。」

そう言い、彼女はその贅沢に装飾されたその仰々しい扉を開いた。

中からはふわりと古本の糊の香りが漂い、同時に底なしの魔力を体で感じる。

扉の向こうに見える大量の本棚とカラフルな背表紙は高さも大きさもまばらだ。

石製の階段はらせん状に伸びていて、二階へとつながっていて、それがもう一つ繋がっていて全部で三階層あることが見て取れる。

そのすべてが吹き抜けになっていて閉塞感は全く感じられない。

驚くべきことに壁面ほぼ全体を書物が埋め尽くされていて、気が遠くなるほどの数が存在する。

もしかしたらここ以外のこの世界に存在する全ての本の総数と同等なんじゃないかと

も感じられだろう。

シンセティックが書斎の中に足を運んでいくのを見て、私も後に続く。

巨大なシャンデリアと本棚と本棚の間に等間隔で設置されている石製のランプが照らす書斎の奥にある椅子に、少女の石造が座らされている。

尖った耳を見ると、おそらくエルフの少女なんだろう。

「この子が...」

「はい、私の姉です。」

やはりどこからどう見てもただの石造にしか見えない。

高エーテル空間の凝固現象とは末恐ろしいものだ。

「ここの管理は君が行ってるのかい?」

「いえ、今は見えませんけど知識の精霊たちが行っています。」

成程な...と相槌を打つ。

彼女の病を治すためにも、祖父の研究を続行しなければならない。

この魔法大全を渡したときに言っていたこともきっと姉の病を治す為だったんだろう。

アラートの行った凝固現象による延命処置は不完全だ。

限りなく時間の流れを遅らせることはできども、完全にとどめることは出来ない。

急がないといけないな...


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