4章 母が男に走った

4章 episode 1 大輔との逢瀬


◆ 無邪気な聖女は悪女なのか。


 青木は舞美を送った。ラウンジで行われている受験講座の邪魔にならないように、静かに通り抜けて、寮長を呼んだ。

「藤井くんは酷い蕁麻疹を発症して谷川の治療を受けました。もう心配ありませんが、明日の朝、声をかけてくれませんか。よろしくお願いします」

「確か藤井さんはアレルギーはなかったはずですが、どうしたのですか?」

「今回の蕁麻疹は対人アレルギーで、強いストレスを感じたようです。僕はこれで失礼します」


 この会話を聞いていた市村は舞美にケイタイしたが、カン違いした舞美は、

「パパ? 悪い、もう寝ちゃった。イヤなやつに会って蕁麻疹が出たけど大丈夫。眠いよぉ、ごめん、お休み」


 市村が見た青木は顔が変わっていた。舞美を送り届けた青木は、兄か父親のような温和な顔つきだった。舞美はアドバイスどおりに聖女を装ったかと直感した。末恐ろしい娘だ。呆れたが、よく考えると舞美は男に抱かれることを何とも思っていない子だ。思っていない? 考えていない? どちらも当てはまらない。気分次第か? その無邪気さに青木は騙されたか? いつまでも騙される男ではないが、とりあえず見事だ。


 翌日、市村は受講中の舞美にメールした。

「昨日はどうした? もう元気になったか? 蕁麻疹の相手は誰だ?」

「大丈夫 !! 昨日は間違えてごめん。理工学部の村上教授、キモオ!」

 市村は大学のパソコンで村上を調べた。そうか、そういうことか、青木の表情が変わった原因はそれだ。このことを舞美は知らない方がいいだろう。だが、詳しい話を聞きたい。

「舞美、会わないか? 話したいことがある。5時に馬場の改札で待ってる」


「たまには外で飲むか? オマエ飲めるか?」

「ビールだったらいっぱい飲める。でもさ、すぐトイレに行っちゃいます。ツヤ消しですよねー」

「俺にそんな気は使うな。あそこでいいか?」

 地下にある小さな店に入った。


「お前が酔っ払う前に訊きたい。青木とはどうなった、抱かれたのか?」

「まさかぁ、先生は東京の恋人になってくれたの。ホントの恋人は名古屋にいる高校生と言ったら、安心したのかな、笑ってた。すぐ舌を入れるキスするから、それはイヤだって言ったら、しなくなった」

「もう一度訊くが、嘘をつくな。本当に抱かれてないのか?」

「うん、本当。ヤバイ雰囲気があったけど、そのとき地震あって怖くて震えて先生にしがみついて泣いたの。吊橋の上だもん、墜落するかも? そう思ったら怖かったぁ。それでスルー出来た」


「たいしたもんだな。恋人になってもあの人はキスしかしないのか?」

「うん、今んとこはね」

「お前、どうする気だ。あの男を手玉に取るとしっぺ返しが怖いぞ。人生の辛酸を経験した男だ、気を抜くとお前は首を絞められる」

「何のこと? 手玉になんかしてないもん。それは大輔の考え過ぎでしょ。ねぇ、それよりも甘えていい?」

 あーあ、コイツには負けた。聖女か悪女かわからないやつだ。だが、あの懐かしい匂いに包まれたい、そして何もかも忘れて溺れたいと思った。この女は聖女や悪女ではなく俺には観音様だと思った。


 俺は舞美のあそこの匂いが忘れようにも忘れられない。他の女を抱いたが違っていた。あいつを舐め回しているときがいちばん幸せだ。マトモなセックスなら他の女で十分だが、あの匂いに包まれると俺は懐かしい恍惚感に包まれて昇天できる。誰かとまったく同じ匂いだ。

 舞美と別れた後、青木の腹を探ったがわからなかった。舞美を商品価値があると考え、誰かの人身御供にするつもりか? それで抱かないのか。ターゲットは雑魚の村上ではなく、さらに頂上を狙っているのか? 舞美の幼女のような笑顔を思い出した。



4章 episode 2 男に狂った母


◆ 父と娘を残し、男へ去った母がわからなかった。


 何もない穏やかな時間が過ぎて行った。

 年末年始は名古屋へ帰るのだろうが、それにしても受講中の藤井は冴えない表情だった。何を考えているか、眠れなかったのか、はっきりわかるほど顔色が悪かった。理工の学食には行ってないようだが、何か悩みを抱えているようだ。

 

 車を車検に出し、駅まで歩いていた青木は小さなリュックを背負った舞美を見つけた。小雨が降る中、時々立ち止まって信号待ちの車を眺めていた。

「藤井くん、帰るところか?」

「あーっ、先生、もうダメです」

 舞美は青木に抱きついて泣き出した。どうしたと言っても泣くだけで、大降りに変わった雨の中、駅への道を急ぐ学生たちの驚いた視線に晒された。こんな醜態を続けるわけにはいかない、これは誰の眼にも別れ話の愁嘆場にしか見えないだろう。焦って駅近くのイタリアンレストランに引っ張って行った。


 藤井はほとんど食事に手をつけず、俯いて涙を堪えていた。どうした、何かあったのかと尋ねても首を横に振るばかりだ。ホテルに連れ込むことも出来ず、何もしないと約束して自分の部屋へ誘った。何があったか知らないが泣きどおしだった。


 少し待たせて部屋を片付けた。訪れる人間なんていない部屋は廊下にも本が積み上げられ、カップ麺やコンビニ弁当の残骸が散らばっていた。窓を開けて空気を入れ替えた。

「話してくれるか、何があったんだ? 村上か?」

 やっと藤井は話し始めた。

「母が家を出て、年下の男の人のところへ行ったそうです。電話で知りました。まさか母が父じゃない男の人と…… なぜ、父と私を捨てたの? どうして? いくら考えてもわかりません。私は父も母も大好きです」

 また泣き始めた。


 そういうことか、あの奥さんが男に走ったのか、最後のあがきか。不倫なんてよくある話だ。ここに至るまで夫婦でいろいろあっただろうが、夫婦や男女の愛憎なんてこの子はまったく理解できないだろう。

「もう泣くな。僕は結婚したことないから夫婦のことはわからないが、君のお母さんだって女だ。女として選んだ道かも知れない。舞美が泣いても何も解決しない。冬休みは帰って、お父さんの傍にいてあげなさい」


 男と女のことなんて何もわからない藤井は、肩を震わせてずっと泣いていた。

 突然、涙でビショビショの顔を上げて、

「とっても哀しいです。先生、私のこと舞美と言ったでしょ、あの怖いキスをしてください。お願いです」

「いいのか、こうか?」

 青木はディープキスして離さなかった。震えながら舞美は腕の中で崩れ落ちた。この子は泣いてばかりで何も食べてないだろう。守りたくなった。腕の中の女には香水の香りはなく、若い汗と髪の匂いがした。


「シャワーでさっぱりしなさい。ずっと泣きっぱなしで何もしてないのだろう。襲ったりしないから心配するな」

 舞美はバスルームに消えて行ったが、なかなか出て来なかった。心配になって覗いたらシャワーに打たれて、湯気の中でうずくまって泣いていた。

「しっかりしろ、洗ってやるから立ってごらん」

 舞美は眼を閉じて、怯えながら立ち上がった。女を洗ったことがない青木は、眼を開けるなと言って頭からシャンプーを浴びせ、両手で全身を洗った。

 俺の掌は人生の気まぐれを知らない幼女のような女を優しく洗うことしか出来ないのか。

 バスタオルに包んだが、服を着たままの俺はびしょ濡れになった。そのうちボディシャンプーやリンスぐらいは揃えるかと、バカな妄想を垣間見た。


 シャワーを使った青木が部屋に戻ると、バスタオルの舞美は床にぼんやり座り込んでいた。風邪引くぞと抱き上げてベッドへ運ぶと、タオルがはらりと床に散った。思わず目を閉じて青木は迷った。

「先生、何もしないでください。怖いです」

「何もしないよ、泣いてる女を苛める気はない」

 舞美に毛布をぐるぐる巻きつけて、ミノムシにした。青木は隣に横たわったが、舞美は小さく泣き続けていた。さっきは哀しいと言ったが淋しいのだろう、毛布の上から抱いたら微かに笑った。少しだけ温もりが伝わって来た。やっと寝息が聞こえてほっとした。


 眠った舞美を起こさないように静かに抜け出し、俺はバスルームでマスターベーションした。こうでもしないと本気で抱いてしまう気がした。触る前にペニスは爆発し、また臨戦体勢になって暴発し、3発目は限界突破の暴走だった。自分の片割れに呆れてしまった。連続3発か、最近では皆無だ。若い女を恋人に持つと男はこういうことかと笑った。


 再びベッドに潜り込み、涙と鼻水の跡を残した幼い寝顔を見つめた。裸の女が隣で寝ているのに、見ているだけの俺はどうしたんだ? 考えられない展開だ。背を向けて、夜明け前に少しだけ眠った。

 寮長が出勤してくる前に寮に戻してやろう。

 寮に戻っていく藤井は、ペコンと恥ずかしそうに頭を下げた。いろんなことを経験して大人になって行くんだと教えたかったが、黙った。



4章 episode 3 シャボン玉の子


◆ 掴もうとしても空高く消えて行く。


 翌日、泣き腫らした眼で授業に出た舞美は質問攻めに遭った。

 同級生は「振られたのか? ロストバージンか?」と大騒ぎした。「うるさい!」、舞美は彼らを巻いて、『フクちゃん食堂』に直行し、ハンバーグの作り方を教えてくださいとおばさんに頼んだ。


「あんた、青木先生と来た名古屋の子だね」

「はい、藤井舞美と言います。ご迷惑でしょうがすみません。母が家出して父が一人ぽっちになったんです。帰ったらハンバーグを作ってあげたいんです。教えてください、お願いです」


「教えないこともないけど、あんた昨日はずっと泣いてたね。悲しいときはお腹いっぱいにするといいよ。さあ食べなさい」

 おばさんは山のように具が乗った「きしめん」を作って、

「お腹がいっぱいになると人は優しい気持ちになって、幸せになれるんだよ。たくさん食べなさい。いいかい、ここは料理教室じゃない。教えないけどよく見てなさい。しっかり見て覚えるんだよ。あんたはお客さんが来たら注文を聞いて、大きな声で伝えなさい。作るところを見てれば覚えるさ。大学生だから頭はいいんだろ」


 舞美はエプロンを借りて、お客さんの注文取りに没頭した。しばらくすると大きな声が出せるようになった。

「いらっしゃいませ! 何にしますか」

「舞美ちゃん、早くお冷や出して!」「3番テーブルのカツ定、急いで!」

 注文に迷った客には「ハンバーグ定食にしませんか。ジューシーで美味しいですよ」と誘った。


 舞美は次の日も次の日も食堂に通った。可愛い子がバイトしてると噂は広がり、客がやって来た。

「はーい、4番さん、カツ定1枚!」、「3番テーブル、大盛りカレー2枚、2番さんはお代わりサービス!」

「そこのお兄さん、お冷やは自分でついでね。私は忙しいんだもん、お願いね」

「お願いね」に、客は我も我もと自分でポットから水を注ぎ、テーブルを拭いて、おとなしく料理を待った。


『フクちゃん食堂』は大盛況で、寒空をものともせず客は店先に並んだ。並んでいる客に大きなヤカンから熱い麦茶をサービスして、「寒いのにありがとうございます」、そう言って注文を受けた。

 

 どこで夕飯を食おうかと通りかかった青木はその声に足を止めた。元気になったかと店内を覗くと、藤井がエプロン姿でテキパキと注文をさばいていた。

「いらっしゃいませ! あれっ、先生、今日もサバ定ですか?」

「はぁ? 君は何をしている、バイトか?」

「いいえ花嫁修行です。料理を覚えてるんです」

「花嫁修行? けっ、結婚するのか、相手は誰だ、誰なんだ!」

 

「先生、落ち着いてくださいよ。この子はお父さんに食べさせたいから教えてくれとうるさいから、見て覚えろと言ったら本当に押しかけて来たんだよ。今日で3日めだ。教えてもらうと覚えないけど、盗み見て覚えると忘れないもんだよ。先生、学問もそうだろう?」


 おばさんの言葉はもっともだ。そうか、父親に食べさせたいのか、頑張れ! その行動力に驚いた。藤井はカツを揚げながら魚の煮汁を作っているおばさんの手元を熱心に見て、メモっていた。

「どんな料理を覚えたんだ?」

「ハンバーグとサバの味噌煮とアジフライと肉ジャガと、えっとそれから、失敗したときの解決法も覚えました。もしハンバーグが固かったら煮込みハンバーグにします。でも最初に牛乳と卵を使えば固くなりません。肉ジャガを作れると肉ドーフも作れます」


 想像すら出来なかった。あの子はこんなことをしていたのか、そういう子か。

 俺は藤井の若さに輝く裸が忘れられずに、毎晩マスかいていた。今朝は10年ぶりに夢精してしまった自分に呆れた。だが、あの子には俺のことなんかこれっぽちもないだろう。東京の恋人だと? 俺は番犬か? この前、強引に抱けばよかったか、惜しいことしたな、ふーっとため息をついた。

 シャボン玉のような子だ。掴もうとしても空高く消えて行く子だ。帰る前にせめてキスぐらいさせろと思ったが、いい年した俺が小娘相手にキスだけでお預けをくらっているという現実に腹が立った。



4章 episode 4 南条のヘルプ


◆ やったことがない家事をサポートされて気がついた。


 帰省した舞美を待っていたのはいつもと同じ家だった。ピカピカだったシンクやレンジは健在で、浴室も清潔だ。誰が掃除したのだろう? それにしても静かだ。パパはどこにいるの? 客間を覗いたら対局中だった。少し痩せたかなリュウは。


「ただいま!」の声にも、二人は無言で将棋盤を睨んでいた。南条の耳たぶが赤く染まった。抱きたいときのサインだ。

「王手!」

 南条の一瞬の隙を突いて父が叫んだ。

「君らしくないなあ。最後まで気を抜いては駄目だ」

 父は上機嫌で南条に注意した。父からは見えなかったがリュウのアレはパンパンに膨らんでいた。


「花嫁修行で料理を覚えたから、夕食を作るわ。南条くん、スーパーについて来てくれる?」

「えっ、結婚するんですか! ウソでしょ!」

「ふふっ、冗談よ。大学近くの食堂のおばさんから作り方を覚えたの」


 公園の大きな木陰でラブラブのキスのあと、膨らんだアレを触って、

「ごめんね、あれなの、おとなしくしてね」となだめたら、坊やはがっかりして小さくなった。

 夕飯はハンバーグと肉ジャガにした。食堂で覚えたようにキャベツを盛り、プチトマトと輪切りのレモンを添えた。父と南条は驚いて、旨い旨いと喜んで食べた。食堂で何をしているか話したら、

「舞美は接客業に向いてるかも知れないなあ。明日も作ってくれるか」

 父は嬉しそうに笑った。


 南条が帰った後で、母が手紙を置いて姿を消したことを初めて知った。男は38歳で神戸で一緒に暮らしていると、父は少し涙を溜めて溜息ついた。

「ママって幾つだったっけ? 離婚するの?」

「もうすぐ45歳になる。離婚届は預かったままだ。戻れる場所を残したいと思っている」

「ママは戻って来るの?」

「戻って来ると信じたい。舞美、淋しいだろうがパパが悪かった、許してくれ」

「どうしてパパが悪いの? 何があったの? 話してよ」


「僕は仕事ばかりで、それ以外のことはすべてママに任せた。任せたと言うより押し付けた、それでいいと思っていた。舞美が生まれて3年経ったとき妊娠したそうだが、相談せずに中絶したと書いてあった。ママは社会に出て仕事をしたがっていた。その気持ちを無視して専業主婦にしたが、僕は何の疑いも持たなかった。舞美が中学生になった頃に働きたいと言ったが、世間並みの暮らしが出来て何が不満なのかとママの心を知ろうともしなかった」

「パパ、やめて! もういい、聞きたくない! ねぇ、パパと一緒に寝てもいい?」

 父と娘は布団を並べて眠った。


 舞美は毎朝6時30分に家を出る父に珈琲を入れ、インスタントのポタージュスーブをマグカップに注ぎ、パンをトーストして、背広とコートをブラッシングして驚かせた。

「ママそっくりで驚いたが無理するな。久しぶりに帰ったんだ、どこへでも自由に遊びに行きなさい。留守番しなくてもいい、じゃあ行ってくるよ」

「パパ、今夜はアジフライ定食よ!」


 父と娘でアジフライ定食を囲んだ。アジフライの横にはレタスとオニオンスライスを添え、カボチャのひき肉炒めを作った。

「パパ、我慢してね、たくさんのレシピは知らないの。1品か2品料理だけど、これしか作れないから我慢してよね」

「十分だ、とても旨い! 実は、とても辛いときに南条くんが来てくれた。対局が終わって、『腹が空きました。一緒に食べませんか』と言って、冷凍庫からフライドポテトを取り出して、電子レンジでチンした。何て厚かましい子だと思ったが、ろくすっぽ食べてなかった僕にはとても旨かった。この子はわかっていたのかと、そのとき気づいた。彼は電子レンジの使い方を教えてくれたよ。


 そうそう、こんなことがあった。舞美が帰ってきたら驚くから、洗濯しましょうと、溜まった汚れ物を洗濯機に入れて、パネル操作を教えてくれた。乾燥機付きを羨ましがっていた。なぜ詳しいのか訊いたら、母が忙しいので洗濯と掃除は僕の当番ですと笑っていたよ。

 ママが全部やってくれたから、僕は何も知らなかったと教えられて恥ずかしく思ったが、南条くんは舞美のベストフレンドだ、いや、ぼくにとってもだ」



4章 episode 5 クリスマスイブ


◆ 去年と違うママがいないクリスマスイブ


 数日後、父を送り出してのんびりしていたら、チャイムが鳴って南条が立っていた。

「舞美、クリスマスイブだよ。あとでケーキを持って来ていいかな? その前に舞美を食べたい! いいよね?」

 えっ? 驚いた舞美を抱き上げてベッドに投げ出して、無言で攻めだした。ちょ、ちょっと待って! 顔を洗ってない、歯も磨いてない! そんな舞美を完全に無視して南条はメチャクチャに暴れ始めた。

「他の男に抱かれてないか試してやる!」と、キスしたまま荒れ狂った。

「痛い! やめて!」 

 ママもこんなふうに誰かに抱かれているのかと思ったら、パパが可哀想、哀しくなった。

 

「ごめん、僕は不安で仕方なかったんだ。あっちで何してるんだろう、今頃は男と会って笑っているのかと疑ったけど、わかった。舞美は他の男に抱かれていない! 僕はわかった」

 南条は優しい眼をして細く泣いていた。舞美は南条を受け入れたままで思い出した。確か『古事記』だった? 女の欠けたる部分を男の有り余っている部分で塞いで国を造ったという話を。リュウが私の中にいるとすごく気持ちいい、心がどこかへ飛んで行きそうに幸せ……


「気持ちいい~ ずっとこのままでいたい」

 リュウは耳たぶを真っ赤にして、再び暴れ出した。これが満ち満ちたる幸せなのか。

「悪いけどこれはどこかに捨ててね。パパに見つかると大変だもの」

 脱ぎ捨てられたリュウの抜け殻を指差した。南条は顔を赤らめてポケットにしまった。


 暗くなってから、ケーキとパンジーの小さなブーケを持って南条は再び訪れた。

「うわあ、ありがとう! パンジー大好きよ。いい香りだわ、さあ、上がって」

「どうしたんだ、南条くん。君の誕生日か?」

「クリスマスイブです。上がってもいいですか?」

「ああそうか、どうも街が騒がしいとは思っていたが、クリスマスイブか……」


「舞美の唐揚は旨い! 学生で満杯の店の直伝だと自慢してたが、いつでも嫁に行けそうだな」

 クリスマスに気づかないほど落ち込んでいるパパは淋しそうに笑って、レミーマルタンを幾度も重ねていた。

「南条くんも飲まないか? 舞美、グラスを持って来い!」

「ダメよ、無茶言わないで。私たちはこれにしましょう」

 1年前のクリスマスイブを思い出して、顔を見合わせて軽いシャンパンにした。

 パパは酔っ払ったのか虚ろな目をして、半分眠っていた。ママ、戻って来て! パパがボロボロになの。南条はふらふらの父を寝室に運び、舞美の涙にキスして帰った。

 パパお休みと抱きついたら、ありがとう、すーっと涙が一筋溢れ落ちた。


 舞美は、父が不在の時間帯に南条に抱かれる穏やかで幸せな日が続いた。南条は毎日メチャクチャ元気で舞美を困らせたが、南条の体が少しずつピンクに染まって、ふあっと抱きしめられるとなぜか安心した。膣の中でアメーバのように隅々までぴったり浸潤すると、何だかとても優しい気持ちに包まれた。


「パパ、明日は南条くんの合格祈願に熱田さんに行ってもいい? 夕食は帰りに何か買って来てもいい? 彼から1年前はお守りをもらったのよ。本当に大丈夫かなあ、医学部って難しいんでしょ」

「大丈夫だ。成績表を見せてもらったが舞美とは大違いだった。国立は名大の医学部だと聞いたが心配ないだろう。熱田さんか、あそこは混んでるかも知れない。大須観音はどうだ? 北野天満宮の流れだから合格祈願にはいいだろう。行っておいで、夕飯なんて気にするな、彼によろしく言ってくれ」


 昨年同様、熱田さんは大混雑だったが、二人の目的は他にあった。参拝後ラブホに直行したが、パネルの空室情報は満室に近く、選択余地はなかった。入った部屋は浴衣や洗面用具が用意された普通のビジネスホテルそっくりのシンプルな空間だった。


「反対になって寝て、そう、舞美がこっちで僕はあっち」

 ううっ! 口にアレを突っ込まれた。鮮やかにくるりと反転してリュウは私のあそこをびたっと口で塞いだ。えっ、これって大輔がやったあれか…… リュウは静かに吸って熱い息を吹きかける。舞美の奥からはもっともっとねだりたい欲望が顔を出す。

「リュウ、ああダメ、早く、お願い!」

 スルリと入って幾度も突きあげながらリュウは笑っていた。

「あれから1年経った。舞美は僕が好きだ、そうだよね。いちばん正直なのはここだ。こんなに僕が好きだって泣いてる。あーあ、舞美が住んでる街で暮らしたい」


 南条の疲れを知らないリクエストに、舞美は腹と秘部が痛くて涙目になった。

「リュウがスゴイからついていけない。お腹とあそこが痛い、もうヤダ」

 甘えた舞美をバスルームへ運んで覗き込み、

「ごめん、赤くなってる。舞美はぎゅっと僕を苛めるから、すぐやりたくなってしまう。舞美のせいだ。ここがいけないんだ」

 リュウはまた暴れ出した。

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