第1話① 撃沈率100%の婚活男

「うう、緊張してきた……胃がキリキリする……。いまだに待ち合わせって慣れねえ……」


 季節は晩秋。リア充が渋谷に跋扈するハロウィンが終わり、また新たにワラワラと湧いてくるクリスマスまではまだ少し猶予がある11月。


 ここはオタクのメッカである東京都豊島区池袋。しかし、今日に限っては推しにお布施に来たわけでも、神過ぎるアニメ映画をレイトショーで鑑賞しに来たわけでもない。


 今、俺がいるのはサンシャインシティビルの一角だ。カフェやフード店が並ぶレストラン街。そのなかの一つの店、そのすぐ外で俺は待ち合わせをしていた。


 婚活マッチングアプリ、『パートナーズ』でマッチングした『ユキさん』と。


 先月に迎えた誕生日でついに十の位が3となったアラサー、もといジャストサーティなこの俺、高槻たかつきあおは、ここ半年ほどおそるおそる(いやマジで)婚活こと結婚活動を地味に始めてみていた。とある夜、ふと、『このままぼっち寂しく孤独死するのかな……誰にも気づかれず腐った死体になってんのかな…』と将来が怖くなり、一睡もできなくなったことがきっかけだ。


 しかし、その結果は惨憺たるもの。見事なまでの撃沈率100%。所詮、学生時代からの筋金入りの陰キャで女慣れしていない俺には、心が枯れ枝みたいにポキポキと折れ続けるだけ、クソみたいな現実を見せつけられる日々だった。


 第一に、俺のスペック(一応正社員の職には就いている)ではマッチング自体ほとんどしない。100件いいね送って3件引っかかれば御の字。ゼロの時も普通にある。確率たったの3%。何が10件送って3件マッチするのが平均だよ。誇大広告じゃねえか。


 第二に、どうにかマッチングしても、メッセージのやりとりがほとんど続かない。俺としてはがんばって質問したり、相手の興味があるものをわざわざ調べて話を続けようとしてみたりするのだが、向こうは「そうですね」とか「はい」とか、短文ぶつ切りばかり。当然、あっちからの質問とかもない。とりあえずアプローチを受けてはみたが、結局俺になんか興味が湧かなかったんだろう。


 第三に、そのウォールマリアくらい高い壁を越えてやっと会えても、盛り上がらない。会話が続かない。あからさまにドン引きされる。気まずいままなんとなく「じゃ、じゃあ会計してきますね」「は、はい……」と短い時間でお開きになり、そのまま「また連絡しますねー」「わかりましたー」という意味のない形式めいた社交辞令だけを交わす。実際に連絡してみても、もちろん返信が返ってくることはない。


 そんなことだけが続いただけの半年。もう諦めかけていた。


 迫る胃痛から逃れようと、俺は手元のスマホに指を滑らせ、『パートナーズ』のアプリを開いた。そして『ユキさん』とのやりとり画面を開く。その最後に表示されたメッセージ。


『それじゃあ18時にABCカフェの前でおねがいしますー! 楽しみですー^ ^』


(間違い、じゃないよな……)


 俺は腕時計に目を落とす。現在、17時57分。約束の時刻の目下3分前。まだその『ユキさん』は姿を現さない。


 一方の俺は、15分前からここにスタンバっていた。別に今日のお茶をめちゃくちゃ楽しみしていたわけでも、俺の性格がキッチリしているわけでもない。ただ、万が一相手が先に待っていて、自分から声をかけなくてはいけない状況にしたくなかっただけだ。緊張するし。「う……あ……?」とかキモくなるし。


(こりゃまたドタキャンかな……いや、むしろそのほうがマシ……。ていうか誘った時に何で断ってくれなかったの? 休日半分潰れるじゃん。……なんて思っちゃう時点で向いてないんだろうな。こういうの)


 現在の俺の心理を理解してくれる陰キャで独身のモテない男は多少なりともいるのではないだろうか。

 いずれにしろ、今日でこういうのは最後にするつもりでいた。そもそも人見知りなのに見らぬ人と定期的に会うとか、メンタルがゴリゴリ削られすぎる。


 いや、じゃあなんでこんな後ろ向きな気持ちで女と会おうとするの。バカじゃないの。そんなツッコミもあるだろう。


 自分でもそう思う。俺だって頭では理解している。


 でも、ひょっとしたら、もしかしたら―――――――


 今度こそ、本当に俺に好感を持ってくれたのかもしれない―――――

 そんな物好きな人が現れるかもしれない―――――――


 そんなことを考えてしまうのだ。


 当たりもしない宝くじを握り締めているだけだとは自分でもわかっている。

 なのに、そんな一縷の望みに、妄想に縋ってしまう。


 ……痛い男だよな、俺。


 俺は奈落の底まで気落ちしそうな気分を、必死で頭を振って追い払った。


(……あと5分待って来なかったから帰ろう。みじめだし)


 そう割り切ろうとした時だった。


 俺から数メートル離れたところで、薄手のコートを羽織った一人の女性がやってくる。そして、俺と同じように壁に背を預け、スマホを取り出していた。表情はマフラーで今一つ見えないが、質感のあるミディアムの黒髪が印象的である。

 そして、俺が会うはずの『ユキさん』の写真も、黒髪の後ろ姿だった。


(あの人、かな……?)


 俺は横目でコソコソと彼女の様子を盗み見るのであった。

 ……キモいって言うな。

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