赤ちゃん
連喜
第1話
*グロイのでご注意ください。
俺が夜七時ごろに家に帰ると、玄関にやや平たい長方形の段ボール箱が置いてあった。ちなみに俺は置き配を利用していないから、まず、何なのか心当たりがなかった。
俺の家は一戸建てで、すぐそこで虫が鳴いていたが、俺はその得体のしれない何かにドキドキしていた。
暗い中で手元がよく見えないから、玄関の外にあるライトをつけて、恐々、テープを剥がした。そして、慎重に蓋を開けてみた。ゴミかもしれないと思ったからだ。近所の人の嫌がらせという可能性もある。
すると、中で何かが微妙に動いている。オレンジ色の柔らかな明かりの下で、薄ピンクのような色の服を着た赤ちゃんが、小さな指をかすかに動かしていた。俺はびっくりして、箱を玄関の中に入れた。
明るい光の中でもう一度見ると、それはやっぱり赤ちゃんだった。
どちらかと言うと、芋虫みたいで気持ちが悪かった。
俺は独身で赤ちゃんを触ったことが一度もない。
今は九月で、気候は暑くも寒くもなく快適ではあったが、布団も着せずに外に出されていたら寒かったんじゃないかと心配になった。俺は取り合えずシャワーを浴びて部屋着に着替えると、赤ちゃんの入った箱を二階のリビングに運んだ。
箱には埃や蟻のような小さな虫がついていたから、床が汚れないように台所のシンクに置いた。
俺は中に入っていた赤ちゃんだけを取り出した。顔が赤くて、名前通りだなと思った。目が二重で黒目が大きい。きっとかわいくなるだろう。キッチンの調理スペースに赤ちゃんを置いて、ピンクの服を脱がせてみると、俺と違って股間は平らだった。ちょっと割れ目があった。
すぐに女の子だとわかった。俺はどちらかと言うと女の子の方が好きだ。
男はやんちゃで意地悪だからだ。
ずっといじめられて来たからわかる。
次に汚れた段ボールをビニール袋に入れた。
赤ちゃんはフガフガ言っているが、まだ生きている。
その後、調理用のボールにお湯を張って、温い温度の中に女の子の半身を浸した。
気持ちよさそうに俺を見上げた。
「よし、よし」
次はシャワーを掛けた。
取り敢えずお湯だけで洗って、台所に掛けてあったタオルで水滴を拭いた。
そう言えば、着る物がないな。仕方ないから一階の引き出しにバスタオルを取りに行った。一時的にそれに包んでおくことにした。
あ、オムツもないし、ミルクもないや。
買いに行かなきゃ・・・ってどこへ?ミルクやオムツはドラッグストアに買いに行くとしても服はどこに売ってるだろう?西松屋?この辺にそんなのあったかな?あ、そうだ。ユニクロに行けばいいんだ。前にベビー服が売ってあるのを見たことがある。
赤ちゃんを運ぶのにベビーカーも買わないといけない。
俺は優先順位を考えた。
最初にやるべきことは、まず、ドラッグストアに行ってミルクとオムツを買うんだ。そうすれば、まず赤ちゃんが死ぬことはない。
俺はもう一回服を着て出かけることにした。ドラッグストアは駅前にあって、家から十分くらいかかる。赤ちゃんが心配だから走った。レジの人がきれいな女の人だったから、ちょっと恥ずかしかった。ミルクとオムツを買いに行ってあげるなんて、いいお父さんだと思われていただろう。
俺は独身でしかも童貞なのに。
もう、子どもを作れると思うけど、そういう行為をしたことがない。
俺は往復とも走っていたから、十分くらいで家に着いたと思う。今度は風呂に入らないで足だけ拭いてリビングに上がった。そして、床に寝かせてある赤ちゃん、名前を付けたんだけど、みぞれちゃん。を覗き込むと、紫色に変色していた。
どうしよう。
俺は慌てて抱き上げたけど、どんどん体が冷たくなって行った。
そして、息が止まってしまったんだ。
俺はパニックになりながら、その塊をラップして冷凍庫にしまった。
その後、俺はシャワーを浴びて夕飯を食べて寝た。
嫌なことがあったから、いつもより早く九時には布団に入ってしまった。
***
俺が目が覚めると外が薄暗かった。
多分、五時くらいかなと思って、時計を見るとやっぱりそうだった。
どうやら夢だったらしい。
家の前に赤ちゃんが捨ててあるなんて普通はないことだ。
変な夢みたな~。
そろそろ結婚しろってことかなと思いながら、ニヤニヤしながら階段を降りた。俺は女の人には人気がない。でも、神様がそういうなら本当に結婚できるかもしれない。
リビングに行くと、キッチンのテーブルの上に粉ミルクとオムツが置いてあった。
あ、もしかして。
現実だったんだ。
俺が恐る恐る冷凍庫を開けると、引き出しの左側に紫色の大きな塊がラップに包んで入っていた。
それ以来、俺の家の冷蔵庫には赤ちゃんがいる。
名前はみぞれちゃん。
全身紫色でラップにくるまっている。
気持ち悪いんだけど、捨てられない。
どうしていいかわからない。
***
「蓮!」
キッチンで牛乳を飲んでいるとお母さんが三階から降りて来た。
「何?」
「なんで粉ミルクとオムツなんか買ったの?」
「もしかして自分用?」
隣にいたお父さんが笑った。
「ああああああ・・・ミルクって大人でも飲めるんだって。体にいいかなと思ってさ!」
俺が一人で赤ちゃんごっこをすると思ったらしい。
「じゃあ、オムツは?」
「うん。リラックマに穿かせようと思って!」
「また無駄遣いして」
お母さんは不満気だった。
俺は何とかその場を取り繕った。
俺は今小学校五年生だ。
あれから俺の家の冷凍庫には赤ちゃんがいる。
家族でもない、友達でも、彼女でもない何かだけど。
俺にとっては特別な存在だ。
***
この間の夕飯に紫芋のコロッケが出て来た。
俺はちょっと怖くなった。
「これ、うまいなぁ」
「でしょ。ハロウィンぽいと思って。でも、不思議なんだよね。紫芋なんか買った記憶ないのに。いつの間にか冷凍庫に入ってたのよ!」
「わははははは!お母さん、ほんと天然だな!」
「やだぁぁぁぁ」
二人は爆笑している。
紫芋コロッケはお父さんとお母さんのお気に入りで、毎週出て来るようになった。
いつの間にか、みぞれちゃんはいなくなっていた。
赤ちゃん 連喜 @toushikibu
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