12月2日 書架の国の妖精の翅の栞

 昨日は図書館の売店の話をしましたから、今日も同じ場所でもうひとつ。まだまだいいものがあるんですよ。


 売り場の雰囲気は、そうですね。図書館の片隅に売店があるイメージが湧かない方は、美術館や博物館のミュージアムショップを想像してください。読書体験をより豊かに、というコンセプトで集められた雑貨や、企画展のオリジナルグッズなんかが並べられています。


 閲覧室はやたら薄暗い国立中央大図書館も、エントランスホールは採光を惜しみません。緑を基調とした大きなステンドグラスの光がチラチラと壁や床を踊り、星形に彫られた魔石の明かりもあちこちに設置されています。照明器具なのですが、これだけでも美術品のような美しさです。見上げれば同じ星が無数に使われた星屑シャンデリア。


 ちょっとした夢の世界のようなその空間の片隅で、特別淡く神秘的な光を放っているのが、ここの売店の目玉商品のひとつ、妖精(フェアリ)の翅の栞です。といっても勿論、捕獲して捥ぎ取ったのではありません。そもそもフェアリは小さな子供くらいの背丈のある妖精ですから、翅だって長さが60センチくらいあります。フェアリの翅の、非常に精巧に作られたミニチュアだと思っていただくとわかりやすいでしょう。


 文庫本に挟むのにちょうど良いくらいの大きさをしたそれは、蜂の翅とよく似た形をしています。薄く漉いた木綿紙より更に薄く、ガラスのように透き通っていて、けれどしなやかさがあって割れたりしない。表面には本を傷めない程度に薄っすら凹凸が刻まれていて、翅脈を実に繊細に表現しています。


 この不思議な透明素材は合成樹脂の一種です。しかし「魔獣骨格プラモデルに使われているのと同じ素材だよ」と言われると、現地の人間は大変驚きます。だって人工琥珀プラスチックといえば透き通った琥珀色をしているもので、普通はこんな風に淡い緑に光ったりしませんから。


 そう、この栞の一番美しく不思議なところは、やはりこの儚い光です。ふわり、ふわりとゆっくり呼吸するように明滅しながら、淡い淡い青緑色の光を放っています。あちこち傾けながらようく見つめると、オーロラとオパールを足して割ったような、幻想的な揺らぎが見え隠れするのも見ることができるでしょう。うっとりしながら星のシャンデリアの光に透かせば、目の良い方なら幽かに影を作る緻密な魔法陣の幾何学紋様を見つけられるかもしれません。


 何でもこれは元々、先代の賢者様である「書架の賢者様」が弟子(現在の「星の賢者様」)への贈り物として生み出したものだそうで、流石といいますか、栞なのにものすごい技術が凝縮されています。


 当時最先端だった魔力集積の魔法陣を超小型化し、樹脂の内部にほとんど見えない回路を刻む。これだけでも並の魔術師が聞けば白目を剥いて泡を噴くような代物です。それを綺麗な栞を作るためだけにやっているのですから賢者様も相当暇なんだなと思われますが、この技術の一番凄いところは「魔術師が陣を発現させなくても光っている」という部分です。魔法陣が空気中から僅かな自然の力を集めて、常にほんのり光らせる。どうやら月の塔の「白ローブ」も開発に一枚噛んでいるとかで、自慢げな館長曰く「魔術大学の学長に見せてもこの理論を全ては理解できないだろう」とのこと。絶対自分もわかっていません。


 美しい栞の話をしたかったのに、すっかり脱線してしまいました。まあ、これだけの技術が使われているのですから、当然制作は凄腕の魔導師と琥珀細工師がタッグを組んで挑む大仕事です。お値段も小さいダイヤの指輪くらいしますが、見るだけでも素敵ですし、たまには自分へのご褒美として貯金してみるのも楽しいものです。


 ただしこれ、人間目線では大変美しい逸品ですが妖精には怖がられるので、妖精のお友達がいらっしゃる方は絶対に見せびらかさないように!




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