第3話 ミオ・ルアーナ

「突然だが諸君、これからこの衛兵科にやって来た編入生を紹介する。あまり騒ぎすぎるんじゃないぞ、特に男子どもは気を付けろよ〜」


 教卓に立つリリーの言葉に、生徒たちはざわつき始めた。ジンがアラン学園へやって来たばかりだと言うのにも関わらず、また新たな編入生がやって来るとは誰も予想していなかったようだ。

 『もしかして女子なんじゃないか⁉︎』

 『可愛い子だったら良いな!』

 『バカ野郎、お前、彼女はどうしたんだよっ』

などという声がそこら中から聞こえてくる。

 リリーは呆れた表情をしてため息をつき、講義室の外で待っていた編入生に対し、『入って来い』と声をかける。

 ガラガラ、と扉の開く音がするとともに、ローファーの心地良い足音が鳴る。編入生のその可憐な姿に、先程まで騒がしかった生徒たちも一瞬にして口を閉じた。図らずも、自己紹介をするには好都合な環境となったのだ。


「初めまして、この度アラン学園へ編入して来たミオ・ルアーナと申します。皆さまどうぞよろしくお願いいたします」


 ミオが一礼すると、男子たちは歓声を上げ始めた。

 『うおぉぉぉぉ!美少女キターッ!』

 『めっちゃくちゃ可愛いじゃん!』

 『どうか俺と付き合ってくれ〜!』

 『ふむ、スタイル良し、少し童顔だが、それもまた良し。白を基調とした剣もまた、美しい』

などという言葉を一切気にかけることは無く、ミオは自分の視線の先に居たジンに向けて小さく手を振った。

(えっ…今俺に…)

 ジンはそれに気が付くが、そのように感じたのは彼だけではなかったようで、再び男子たちは『俺に手を振ってくれたのか⁉︎』と声を上げた。


「騒がしいヤツらですまないな。この私は衛兵科を受け持つリリー・アーガスだ。早速だが、授業を始めるからどこか好きな席に座ってくれ」

「分かりましたわ。……それなら…」


 ミオは迷うことなく足を進めた。自分の隣、もしくは近くの席に座って欲しいと願う者が多い中、彼女は進み続ける。隣を素通りされ、落胆する者たちはそれでも彼女が誰の隣に座るのかを目で追っていた。


「こちらのお席、よろしいですか?」


 ミオが歩みを止めたのは、中央辺りの列の窓際の席だった。三人で1つの長机を使えるようになっているが、そこには既に二人の男女が座っており、彼女は残りのもう1つの席を使おうとしていたのだ。

 『結局編入生どうしでくっつくのか…チクショウ…』

 期待外れの結果に、舌打ちをする者や嘆く者が現れる。ミオが声をかけたのは、先日再会したばかりのジンであった。その隣にはクリスが座っており、後ろの列にはサラとアキラが座っている。


「えっと…ここで良かったら、いくらでも座ってくれ…」

「ふふっ、それじゃあ遠慮なく、これからはジン様の隣にいっぱい座らせていただきますわね」

「いや、ここって言ったのは、俺の隣って意味じゃなくてだな…」

「私がこの瞬間をどれだけ待ち望んでいたことか…。というわけで、お隣失礼いたしますわ」


 ミオが着席したのを確認し、リリーは授業を始めた。


「さて、今日は魔法陣についてだ。このアラン学園では、魔窟を調査し、発生した魔獣を討伐することができるという人材の育成に力を入れている。しかし、敵は必ずしも魔獣のみというわけにはいかないのが現実だ。悲しいことに、魔法を悪用し罪を犯すという者たちが最近目立っている。まだまだ発展途上である魔法と言えども、人の命を奪うのは容易なことだ。…ということで、これから話すことは、きみたちには対人戦闘の助けとなる知識として知っていて欲しい。まず、当然のことだが、魔法の使用者と発動地点が異なる場合には、2つの魔法陣が展開される。それは、基本的には使用者の手の平と発動地点だ。この知識があれば、術者の特定を素早く行える。更に大切なのは、展開された魔法陣の解析だ。これには専門的な知識が必要だが、術者が何を発動させるのかが事前に分かれば、迅速かつ的確な判断を行うことができる。そして——」


 リリーが話を始め、生徒たちはミオではなく授業に集中し始める。一部では、リリーの声を子守歌代わりに眠る者も居るが、それも片手で数えられる程度のものだ。クリスたちも真剣に話を聞いている。しかし、少し退屈そうに頬杖をついているジンの肩をミオが指先で軽く突く。


「——ジン様、もしかして寝不足なのですか?」

「そうなんだよ。いろいろしてたら気付いたら朝になっていてな…一切眠れてないんだ…」

「そうですか…それでは、眠ってしまわないように、私とお話しませんか?こうしてジン様と久々に隣り合えて…良ければ、私の知らないジン様のお話をたくさん聞かせて欲しいですわ」

「えーっと…そう言われてもな。どこから何を話すべきなのか…」

「ジン様のお話であれば、どこからでもなんでも私は受け止めてみせますわ。是非、お聞かせください」

「そうだなぁ……」


 言葉を交わす二人に何故か苛立ちを覚え、クリスは表情を一切変えることなくジンの足を踏みつける。突然の痛みに漏れそうになる声をなんとか抑えるが、彼は動揺を隠せないでいた。

 何故自分が足を踏まれているのか、そう簡単には理解できそうにもない。


「授業に集中しなさいっ」

「分かった、分かったから足を踏むのはやめてくれ」

「お二人は仲がよろしいのですね。少し、妬けてしまいますわ。私だってジン様と……」


 こんなやり取りを後ろの席から見ていたサラとアキラは、二人がジンの取り合いを始めた、と苦笑していた。

 チョークが黒板を叩き、擦れる音が講義室内に広がる。先程まで眠っていた者たちも今は目を覚まして授業に集中している。

 そんな頃、突然キィン、という耳鳴りとともに一人、また一人と意識を失い始めた。


「これはどういうことなの⁉︎ジン、目を覚ましなさい!」


 その中で唯一意識を保っていたのは、クリスとミオの二人だけ。突然の出来事に動揺するクリスを、ミオがなだめる。


「落ち着いてくださる?この状況でその立ち回りは愚行ですわよ」

「……っ、悪かったわね。それで、どうしろって言うのよ」

「そこまでは分かりませんが…これは恐らく何者かがこの敷地内を対象に、魔法を使ったに違いありませんわ」

「なんの為にそんなことをするのよ!」

「それは…この学園を襲う為しか無いでしょう」

「……っ‼︎」


 ミオの言葉により、自らが置かれた状況を理解したクリスは、強く拳を握りしめた。

(人が人を襲う…?誰がそれを止めるの…?いや…今動けるのは私たち二人だけ…それで…それだけでジンたちを守れるの…?)

 強い不安に、心音が速くなるのを感じ始める——。

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