第40話 再会と決着

 クリスが学園長とともに校舎内へと向かう。そんな二人を背に、ジンは覚悟を決め、ジャイアントオーガと向き合う。


『オマエ、コンドコソ、コロス。リベンジ…』


 彼の前に現れたジャイアントオーガが言葉を発する。以前彼らが魔窟で遭遇したモノとは同族ではあるが、別の個体であることは、ジンも確信していた。

 何者かによって倒されたはずの個体の記憶を引き継いだモノが居る。ただその事実は受け入れるしかないようだ。


「お前は、俺をやった後誰かに倒されたはずだが…?」

『ウマレカワッタ。オマエニ…フクシュウスルタメ、コノタマシイニ、ニクタイ…アタエラレタ…』

「言葉も前より流暢に喋るようになっているじゃないか」

(魔窟内で、魂の循環が行われているとでも言うのか…?そしてあいつは前世の記憶を持ったまま、新しい肉体を…。言葉を話せる時点で現実離れし過ぎている…)


 ジャイアントオーガは、腰にかけた剣を抜き、そのきっさきをジンに向ける。

 以前は棍棒を持っていたはずだが、この変化も、彼との闘いの影響なのだろうか。その形はジンの物とは違い、両方が刃となっている幅の広い物で、間にはいくつかの空洞が出来ている。その分が軽量化され、以前の棍棒よりも振り回し易くなっていそうだ。


『ウオォォォォォォッ‼︎』


 その咆哮が地面を這い、ジンの全身へと振動を伝える。

 彼は、振り下ろされた剣を真正面から堂々と受け止め、弾いた。互いの剣が、悲鳴のように高い金属音を上げながら、何度も何度も斬撃を繰り返す。圧倒的な力の差があり、剣を受け止める度にジンのほうは大きく弾き返されている。お世辞にも、互角とは言い難い勝負であろう。

 しかし、ジャイアントオーガはジンを称賛する。


『オマエ、ツヨクナッタ…』

「ふっ、皮肉も言えるようになったのか?」

(まだ…まだだ!落ち着くんだ…!)


 反撃することもせず、ジンは攻撃を受け止め続け、ただひたすらと相手の動きを観察する。

 そして、横の大振りが来るのを確認すると、彼は跳躍でそれを躱し、剣を踏みつける。

 それと同時に、反転させた『バウンド』を残り少ない魔力で発動させる。その魔法陣はすぐに消失したが、相手の隙を作るには申し分ないものであった。

 突然軌道を変えた剣とともに、ジャイアントオーガは姿勢を崩す。


「油断したな…!」


 ジンの振り上げた剣が、相手の腹から左肩の辺りにまで傷をつけた。しかし、ジャイアントオーガの身体は分厚い筋肉で守られており、致命傷を与えたとまでは言えないほどだ。

 相手は怯むことなく拳を繰り出し、ジンを薙ぎ払う。


『ユダン…シタノ、オマエ』


 彼は着地の寸前に地面に剣を突き刺し、なんとか姿勢を保ったまま堪えた。しかし、上手く受け身を取ることによってダメージが消えるはずもなく、右半身がズキズキと痛むのを感じる。

 息が上がるとともに、激しくなる動悸に不快感を覚えた。

(もう魔法は使えない…。残されたのは…こいつだけか)

 もう一度剣を構え、互いに距離を詰める。

 剣を交える直前、ジンは相手の視界から姿を消し、背後に現れた。以前のように突き刺すのではなく、斬撃を与える。

 振り向き様に半円を描くようにして自分の所まで振り回された剣を躱し、先程つけた傷口をもう一度なぞる。返り血で制服を汚しながらも、彼は剣を振り続ける。


『グァァァアア‼︎』


 怯んだところに突きを入れようとするが、ジャイアントオーガは両手でそれを防いだ。

 刃を握る手の平から血が流れ、剣を伝う。

 ジンはその指を斬り落とそうとするが、どれだけ力を入れても動くことはなかった。

 しかし、彼はそれに動揺することはなく、むしろ戦闘を楽しんでいるように思えた。兄を救えなかった自分の過去との決着をつけようとする意志など、今の彼には一切残っていない。

 ただ、好敵手ライバルとの力比べに陶酔していた。


『モウスコシ、タノシマセテクレ。アノトキノジャマモノ…イナイカラ』

「ああ、今度こそ決着をつけようじゃないか」


 ジャイアントオーガはそっと手を放し、自分の剣を拾い上げる。

 心地良い緊張が、互いを襲う。

 そして、ゆっくりと瞬きをするジンの瞳に、鋭く輝くきっさきが映る。

 それが突き刺さりそうになる寸前に、彼は上半身を後方へ曲げることでなんとか躱した。

 逃げ遅れた髪がはらりと落ちるとともに、一粒の汗が彼の頬を伝う。

 その剣が引っ込められるのと一緒に、彼は上半身を起こし、続けて繰り出された斬撃を弾く。自分の力では受け止めきれないと判断し、受け流すように対応する。

 ジャイアントオーガの斬撃による風圧が、何度もジンの髪を揺らす。


『ドウシタ、カカッテコイ‼︎ソノテイドナノカ、トモヨ‼︎』


 その力強い言葉が、ジンの胸を鼓舞する。

 そして、相手の大振りをなし、彼は全力で剣を突き出した。そして、腹を刺されたジャイアントオーガは、ゆっくりと視線を下ろし、根元まで刺さった剣と、それを両手で握っているジンの姿を確認する。


「…これで全て終わりだ。俺も、お前も…」

『……タノシカッタゾ、トモヨ。ドウカ…オマエダケハ、コチラガワニ、コナイコトヲ…ネガウ』


 その言葉を聞き終え、彼は突き刺した剣を回した。

 大量の血を吐き出すジャイアントオーガの身体が、少しずつ灰が散るように霧散していく。

 風に乗って天高く舞い上がるのを目で追うが、雲の隙間から顔を覗かせる太陽が、それを拒んだ。眩しさのあまり、瞼を下ろしながらも、自分の手で光を遮断する。

 そんな彼の所に、軽い足音が近づいて来る。


「…終わったのね、ジン」

「ああ、これで全てが終わったんだ」


 姿を確認せずとも、駆け寄って来た者はクリスだと認識する。

 他の者たちも全ての魔獣を倒しきっていたようで、両手を地について休息している。

 その一部では、大勢の怪我人が医療師による治癒魔法を受けていた。

 荒れ果てた校庭に、ジンは思う。

(ハルトが最後に言っていた、改革派というのは何が目的なんだ…?もしかして厄災に関係することなのか…?)

 ふと我に返ると、考え込む自分の顔を、前屈みになったクリスがじっと眺めているのに気づく。


「えっ…と、クリス、どうしたんだ?」

「ん〜ん、なんでもないわ。相変わらずジンは、無愛想だな〜って思っていただけよ」

「なんでもないんじゃなかったのか…?」

「細かいことはいいじゃない。ほら、早く戻りましょ?」


 にへらと笑い、ジンの手を掴む。その彼女の表情に満ちるのは、以前のような恥じらいではなく、幸福であった。

 繋いだ手から感じる温もりが、彼の心を暖める。

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