第12話 バディ登録
ベッドを机代わりにし、ジンは手帳に書かれたメモを読み始めた。これにはクリスの父親であるアンドリュー・ヴァーキンの日記や彼の研究した魔法、そしてこの世界について多くのことが記されていた。
その最後のページには、『この内容はクリス・ヴァーキンには絶対に伝えてはいけない。どうか、彼女には内密にしておいてくれ』という文章と、なんの為のものかは分からない魔法陣が書かれていた。
聞いたこともないような単語が並べられた手帳に、眠気を感じながらも彼は1ページずつ着実に読み進めた。
時折溢れそうになるあくび噛み砕き、彼は時が過ぎるのを忘れてしまうほどに熱中していた。一日だけとクリスと約束したからか、それともメモの内容がそれほどに重要なものだったのか——。
窓から陽の光が差し込む頃、ちょうど全てを読み終えたジンの意識は、糸が切れたかのように途切れてしまった。
「…ジン?…もしかしてずっと本を読んでいたのかしら?」
数時間ほどして彼の部屋にやって来たクリスは、床で眠りについているジンを見つけた。そのままでは身体を痛めてしまう、と考えた彼女は、彼を抱え上げてベッドの上に寝かせた。
そこには、アンドリュー・ヴァーキンの遺した手帳が置かれてあり、彼はもしかして『黄昏のラブコール』ではなく、それを一晩中読んでいたのかもしれないという結論に至った。
(いったいここに何が残されているのかしら…)
自分にはただの白紙にしか見えないその手帳には、何か秘密があるのかもしれない。クリスはそう思うが、今は触れないことにした。
いつか必要になれば、ジンのほうから伝えてくれるばずだという淡い期待を、心のどこかで抱いていたのだ。
「——ふふ、こうしていると子どもらしくて可愛いのに」
無防備に眠るジンの頬を指で押す。そんなことをしていると、彼の眠りに誘われたのか、クリスも『ふあぁ…』とあくびを溢して、彼の眠るベッドに頭を預けてゆっくりと瞳を閉じた。
暖かい春の日差しが二人を照らし、時折吹き込む風が優しく髪を揺らす。
昼過ぎになり、目を覚ましたジンは、自分がベッドの上にいることを不思議に思った。
上半身を起こすと、クリスが近くで眠るのが視界に入る。
(クリスが寝かせてくれたのか。…よだれまで垂らして)
ジンは、彼女の顔にそっと手を近づけた。
「お前も一応は女子なんだから、もう少しは警戒したほうが良いと思うんだが…」
その手は次第に形を変え、人差し指と親指で円を作った。『バウンド』と呟き、勢いよく放たれた人差し指が彼女の額を弾き、クリスは声を上げた。
「いっっったぁぁぁ!なんてことしてくれるのよ⁉︎人がせっかくベッドに寝かせてあげてたっていうのに‼︎」
「いや、頼んでいない。というか、そのベッドの上によだれを垂らすのはどうかと思うんだが」
「悪かったわね!洗えばいいんでしょ⁉︎あ、ら、え、ば!」
「いや、別にこれはそのままで良いよ」
「…え、なに、ジンはそういうのが趣味なの?よだれフェチ?」
クリスは、ドン引きしたという自分の心情を伝えるかのように、ジンと距離を取り、壁に背中をつけた。
『もうなんとでも言ってくれ……』と気怠そうに言い、彼は布団から出た。
「クリスは何か用があってここに来たんじゃないのか?…まぁ、よだれを垂らして寝る暇がある程度にはどうでもいい内容なんだろうが」
「…っ!いちいち一言多いのよ、あなたは。…そうよ、どうでもいい大したことのない用事があって来たのよ!」
頬を膨らませながら、彼女は顔をそらした。それがいったいどういった心情なのか、ジンは一切気にすることなく話を続ける。
「それで、どんな用事なんだ?」
「…正式にバディ登録しに行くのよ。ふたり揃ってじゃないとできないのよ」
「それならそうと早く言ってくれれば良かったんだが」
「はぁ?そっちが間抜けな顔で寝ていたから悪いんでしょう⁉︎」
「そう言うクリスもよだれ垂らして間抜けな
「えっ、うそ、私そんな間抜けな顔していたかしらっ」
動揺し、両手で顔を隠す彼女をよそに、着替えを済ませていたジンはドアノブに手をかけた。それに気づいたクリスは『一人で勝手に行こうとしないでよ!』と言って駆け寄る。
そして扉を開けると、どうしてかアキラとサラが地面に顔をつけ、尻を彼らのほうへ向けていた。
「二人とも、そんな変な格好で何してるんだ?」
「…ジンは扉を開けるとき、もっと注意するべきなんじゃない…?」
アキラとサラの様子を見て、先日の自分の姿を改めて恥ずかしかったものだと理解したクリスであった。
ふたりは彼女と同様に、鼻を押さえながら立ち上がる。
「サラが、ジンの部屋にヴァーキンさんが入ってから出てこないなんて言うからさ…」
「私はやめようって言ったんだけど、アキラが何してるか気になるだろって言って…」
「それで二人して盗み聴きしようとしてたのか」
ジンの鋭い答えに、二人は背筋を伸ばした。
そんな冷たい雰囲気を壊すかのように、クリスが吹き出し、それを見た彼らは目を丸くしながら見つめあった。
「ヴァーキンさんが笑うとこって初めて見たかも…。凄い可愛い…」
「か、可愛いだなんてそんな…」
「そうだぞ、サラ。こいつは人のベッドによだれを垂らすような女だ。可愛いわけがない」
ジンがそう答えると、クリスは彼の尻を強く蹴った。
「…次はバウンドを使いながら蹴ってあげようかしら?ヒップアップ効果があるのよ?」
クリスの表情は怒りで溢れており、全員背筋を凍らせた。
無事バディとなった二人だが、相性の良し悪しはまだまだ分かりそうにないのであった。
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