2022/12/13 『お菓子の魔女』
バレンタインの日、
チョコレートだけじゃない。包みの中には黒いメタルダイスに赤いドットのキーホルダーも添えられていた。
「
大須さんはそんなふうに言っていたし、きっとそれは本心なんだろうけど、それでもこんなふうに用意してもらえたその気持ちだけで俺はもうじゅうぶんに嬉しかった。
その嬉しさはどのくらいかと言えば、平常心というものをどこかに見失ってしまうくらいだった。
それでその日からもう、俺はホワイトデーに何を贈るかを考え始めてしまっていたのだ。
クッキーの生地は二種類。片方にはココアを混ぜて、色違い。それで市松模様や渦巻きの形を作って、アイスボックスクッキーにする。
形を整えた生地を冷蔵庫に入れて、冷蔵庫のドアに額をつける。なんだかもう、大須さんの「美味しい」って声が聞こえてくるようで、落ち着かなかった。
生地を冷やして寝かせている間、自分もちょっと落ち着こうと台所を簡単に片付けて部屋に戻る。そのままぼんやりとボドゲ棚を眺める。
目に付いたのは黄色い箱。『お菓子の魔女』という子供向けゲーム。
ひっくり返した箱にお菓子のカードを差し込んで壁を作って、その上にクッキーのカードを乗せていって屋根を作る。
そのクッキーの屋根を崩さないように、順番に一枚ずつ取ってゆく。クッキーを引っ繰り返すとお菓子の絵が描いてあって、同じお菓子は続けて手に入れることができないから屋根に戻さないといけない。そうやって、誰かが屋根を崩すか屋根がなくなるまでの間に、お菓子を一番たくさん手に入れた人が勝ち。
そんな単純なゲームだ。それでも、小さい頃に買ってもらって、誰かと一緒に遊ぶ機会は多くなかったけど、一人でも屋根を並べて崩してと遊んでいた思い出もある。
これが目に付いたのは、きっと今ちょうどクッキーを焼いているからだ。我ながら単純だと思うけど。
久しぶりに黄色い箱を開けて、お菓子の家を組み立てる。子供の頃は屋根をうまく乗せるのにも苦労したけど、乗せ方にもコツがある。それを知っている今は久しぶりでも割とあっさりできてしまって拍子抜けする。
その屋根から一枚、クッキーのカードを取る。めくれば棒付きキャンディの絵。それも子供の頃とは違って危なげなく取れてしまった。
このゲームなら平和だから大須さんとも遊べるかもしれない。お菓子の家にも喜びそうだし。
大須さんがゲーム中に悩んで考え込んだり、甘いものを食べて笑ったり、そんな表情を思い出して、なんだか上の空になっていたのかもしれない。次に引っ張ったクッキーで俺は屋根を崩してしまった。
そんな自分に苦笑して、俺はカードを箱の中に片付けた。
市松模様と渦巻きのクッキー。焼きあがって冷ましたものを袋に詰めて、リボンのシールで飾って、小さな紙袋に入れる。
それから、引き出しの中にしまっていたキーホルダーを取り出す。小さなふわふわの黒いうさぎのキーホルダー。それも紙袋の中に一緒に入れる。
引き出しの中にはもう一つ、薄茶色のうさぎのキーホルダーもあった。特に深い意味はなくて、二つセットで売っていた。プレゼントに二つあげるのは多いような気がして、それで一つは引き出しに残っている。
それだけ。ただそれだけのことだ。
引き出しの中の薄茶色のうさぎ。俺が使うつもりも予定もないのだけど。なんだかこの先もずっと、ここにあるような気がしてる。
『お菓子の魔女』
・プレイ人数: 2人〜4人
・参考年齢: 5歳〜
・プレイ時間: 15〜25分
このゲームは2009年に発売されてその後絶版になっていましたが、2019年に復刻版が発売されました。
二人のバレンタインの様子は以下の短編をどうぞ。
ボドゲ仲間と妹のバレンタインを眺めている
https://kakuyomu.jp/works/16816927859818829093
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