第40話ラリゴは逆らいたい

「剣を納めなさい! ソフィア嬢とアリー嬢は渡しません!」


「その試験事態が怪しいのよ! ソフィア、アリーあなた達、いくらお金を渡したの? どうせ我が家から盗んだんでしょう!」


「失礼ですが、エリザベス嬢は王が自ら選抜した試験官を疑うのですか? 誓って私は公正な試験を行っています。私達もまた、身分などではなく、能力と信用で選抜された試験官なのです」


「リラゴ、エリザベス、流石に止めた方が?」


「いいから、ソフィア、アリー! あんたいくら渡したの?! 答えなさい!」


「……お姉さま......ごめんなさい。何言ってるかわかりません」


「キィエィィィィッエ!」


ソフィアが冷たく言い放つと、エリザベスが怒髪衝天のごとくの顔で前に出る。


だが、ラナが剣を抜き放ち、天に掲げ、場を制した。


「止まりなさい! それ以上に近づくと、あなたも王への反逆者と見做して対応します」


続いてエイル、ヘリヤも抜刀する。


「ソフィア嬢とアリー嬢は先程魔法学園特待生としての入学が決定した。これは二人が国王直下の家臣であるという意味です。二人は我が王国騎士団が責任を持って、保護します」


魔法学園特待生の試験官が騎士であるという理由。それはソフィアやアリーのように優秀な人材をグラキエス家のように利用し、私欲を満たすものが後を絶たない。


が、故の魔法学園特待生制度なのだが、当然、このようなトラブルはつきものだった。


正直、ラナ達にとって、このような光景は見慣れたモノだ。しかし、今回はラナ達も少々危機感を持っていた。グラキエス家については調査済だった。


家長のジャック、A級魔法使い、長女エリザベス、A級相当の魔法使い、しかし問題は妻のリラゴである。彼女はS級魔法剣士なのである。


ラナもS級魔法剣士、剣士としてはリラゴに匹敵するが、魔法使いは随伴していない。旗下の二人はA級魔法剣士なのだ。通常、複数対複数の場合、違う職種の構成の方が有利だ。


剣士だけ三人のラナ達に比べて、魔法使いを二人も有するグラキエス家の方が有利と言える。


全てはリラゴがここにいることが誤算だった。事前情報ではリラゴは遠方の地で、サンドワーム討伐の任務を冒険者としてこなしている筈だった。


これは、試験が早まって十分な情報収集ができなかった点と戦力を十分備えることができなかったラナのミスだった。


「お人形さんには躾が必要なようねぇ!」


すかさず聖剣でリラゴの剣を再度受け止めるアリー。


「アリー嬢。あなたは貴重な王の臣下です。そして、まだ学生です。ここは私達に任せて」


「......許せません」


「え?」


アリーは普段無表情だが、珍しく別の表情をしている。そう、怒りの表情だ。


「ラナさんを傷つけるなんて......それに、私達をモノのように」


「......アリー嬢」


ラナは恵まれなかった優秀な子供たちを多く見て来た。しかし、これほど酷い親は初めて見た。事前情報では、アリーは先日実家を追放されたとあった。今更どの面下げてアリーの親権を主張しようと言うのか?


「しかし、あなたはすでに王の家臣です。王の家臣を守るのは騎士である私達の役目です」


ラナはアリーの気持ちはわかったものの、やはり実戦経験のないアリーを戦力として考えたくなかった。万が一の際には、王になんと言って詫びれば良いかわからない。


何せよ、アリーの魔力は微弱だが、魔法研究においては既に天才的な結果を残し、七賢人への道が約束されている。そんな貴重な人物に剣を振るわせる訳にはいかなかった......例え、自分が命を落としてもだ。


「ソフィアもアリーもグラキエス家の財産だ……。渡さん!」


「私の話を聞いていましたか? 彼女達はすでに王の家臣です。あなたの親権はこの王国の法の元、先程破棄されました。あなたには二人を止める権利はありません。グラキエス家は王の定めた法に逆らい、あくまで違反するのですか? 男爵位剥奪もあり得ると思いますが、それでもよろしければ私達を剣をお向けなさい」


「お前らを消せば良いだけだろう? 違うのか?」


「くっ!?」


それは確かにそうだ。試験の結果がわからなければ、ソフィアとアリーが王の臣下であると証明できない。悪い方向にだけは知恵が働く、それがグラキエス家の面々だった。


すでにジャックとエリザベスが省略魔法を唱え終わっている。


「死んでもらうわよ、お人形さん!」


「ファイヤーアロー」


「煉獄地獄!」


「やらせない!」


ラリゴと剣戟を結びながら、アリーは氷の魔法を発動した。


「......嘘ッ!」


「なぁ!」


ジャックのファイヤーアローはアリーのフリーズ・バレットに迎撃され、エリザベスの広範囲攻撃魔法は煌めく氷の結晶達の光と共にかき消された。


「一体、何が!」


「そんな、嘘よ、魔法詠唱してないわ!」


ジャックとエリザベスは驚く。無詠唱魔法などという空想上の産物をにわかに信じられる訳がない。例え、目の前で起きたことだとしても。


「死ね! アリー!」


血が頭に上って、自身の娘のアリーの頭に剣が振り下ろされた。


が、直後、ラリゴの巨体が一回転し、地面に転がった。


「ガハッ……」


「……」


アリーが無感情な顔で、ラリゴの首元に剣を突き付ける。


そして、周囲に氷の結晶の粒子が周回する。


「......嘘よ。アリーがやったなんて、嘘よ!」


「......し、信じられん。いや、これは何かの間違いだ!」


エリザベスと父ジャックが驚きの声を上げるが、二人共、膝が笑い顔が青ざめて青い。そう、理性が理解できなくても、魔法使いとしての本能が感じているのだ。


目の前にいる出来損ないだった筈の少女が化け物と言っていい位に強大な存在であることに。


首元に剣を突き付けられた母リラゴも小鹿のように怯えているエリザベスとジャックも戦意を喪失したことを確認すると。


「ソフィア嬢とアリー嬢は王都へ連れて行きます! これ以上反逆すれば、謀反と見做します!」


最後通牒を通達すると、ラナはグラキエス家の三人を睨みつけて、チン、と音を立てて納刀した。

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