第17話

「人間の……?」


「そうさ、人間だ。第一次世界大戦の負の産物である『魔王』を倒したボクは、その後世界中に散らばる魔剣を集められるだけ集めた。魔剣をモノとして扱う愚かな人間の手から逃がし、この国に匿うために。アロンダイトを見つけたのも、そんな折だった」


「私を……?」


 固唾を飲んで聞き入るアロンダイト。どうやらその辺の記憶も無いらしい。


「アロンダイトは、フランスのはずれの湖に沈んでいたんだ。近くに住む人に話を聞く限り、太古の英雄の剣であったらしいということがわかった。そういう噂が今の世に至るまで残っていたんだ、さぞ高名な魔剣なんだろうと意気込んで、僕は仲間にしようとした。けど、村人の話によるとその魔剣は『裏切り者の魔剣』という忌み名が付いていて、誰も回収に手を貸してくれなかったんだ」


「…………」


 その言葉に、アロンダイトは思わず目を伏せる。


「その湖はとても深くて大きな湖だったから、ボクが聖剣キャリバーの力で無理に水を消し飛ばせば近隣の村はもろとも吹き飛ぶ。当時のボクはまだそこまで人間を憎んではいなかったから、そんなことはしたくなかった。だから村人に助けを借りて回収しようとしたのさ。でも、誰も協力してくれなかった。おまけにその頃急速に文明が発達しだしてね、酸性雨という環境問題が浮上していたのさ。湖の匂いに違和感を感じていたボクはすぐに気が付いたよ。このままだと、アロンダイトは近いうちに溶けて亡くなってしまうって」


(……!)


「人間によって『裏切り者』の忌み名を与えられた魔剣が、そのまま朽ちて死んでしまう。無念と後悔を抱えたまま――ボクには見過ごせなかった。大金をちらつかせて村人を強引に引っ張りだし、何人も、何日もかけて湖の底を探し回って、無理矢理にアロンダイトを回収した。でも、湖から引き上げられたときには、彼女はすでに朽ちかけてしまっていたんだ」


(そん、な……!)


「彼女があのアーサー王伝説のアロンダイトだと知ったときは驚いたよ。そうしてボクは急いで彼女を研究所に連れて帰った。その刃を分析して、考え得る最も近しい金属を探し出し、欠けた部分に繋ぎ合わせて蘇生を施した。でも、それでもあとどれくらい生きられるかわからなかったんだ。もしかすると千年生きてくれるかもしれないし、下手をすればあと数日しか保たないかもしれない。

 幸か不幸か、目を覚ましたばかりの彼女は過去の記憶が曖昧だった。そんな彼女を、研究所で先に保護していた魔剣たちは労わってくれた。その甲斐もあって、アロンダイトは次第に周囲と仲良くなることができていた……だからこそ、最期くらいは笑顔で迎えて欲しいと思って、今後彼女を苦しませるであろう記憶を削り取ったんだ……」


 語り終えたラスティは顔を上げ、改めてスコットに向き直る。


「人間が、環境破壊など行わなければ。彼女は未だ朽ちることなく湖で新たな主を待つことができていたかもしれないのに。あのときは己の過ちを悔いたよ。どうしてこの世――人間なんかを、救っちゃったのかなぁって」


(……ッ!)


 ラスティはそうして、アロンダイトに視線を移す。


「今になって思えば、キミ自身に前もって意見を聞くべきだったかもしれない。『裏切り者』と呼ばれた契約者との記憶を望むか、望まないか。でも、キミは目覚めたときから誇り高い性格をしていたから、どんな過去があろうと契約者との記憶を選ぶだろうと予感していた。だからこそ、ボクは聞けなかったのかもしれない……ごめんね」


「ラスティ様……」


「さぁ、ボクに話せることはここまでだ。キミがこの話を聞いてどうしたかったのかはわからないけれど、アロンダイトのためになんだかすっごく怒ってたのは伝わった。スコット、ボクはキミが嫌いじゃないよ。そんなキミに、ひとついいことを教えてあげよう」


 ラスティはにやりと笑うと立ち尽くすスコットに耳打ちをした。


「こんなに人間が嫌いなボクだけど、結局最後は人間を滅ぼすことをやめてしまったんだ。どうしてだと思う?」


「?」


「魔剣が本当に困ったとき、傍にいて支えてあげられるのもまた人間――契約者たちだったからだ。ボクは最後にそのことに気が付いた。かつて、ボクの愛した相棒が命を賭して『魔王』を倒した理由は、世界を救いたかったからじゃない。契約者であるボクを、助けるためだった……そのことに気づかせてくれた『人間』が、いたんだよ……」


 物憂げに視線を落とすラスティの目には、初めて会ったときのような殺気は感じられない。その瞳に映るのは、無念と後悔だけだった。


「魔剣が真の力を発揮するには、人間の契約者との絆が必要だ。もしキミが本当にアロンダイトのことを想うなら――まぁ、あとは言わなくてもわかるだろう? 期待しているよ、スコット。キミの熱い想いに免じて、そのポケットの中身については黙っていてあげよう」


「……ッ!!」


 近づけていた口をそっと離して、ラスティは再びにやりと微笑んだ。

 意地の悪い人だ。スコットが発信機――裏切りの種を持っているのをわかっていながら、『期待している』と言うなんて。

 スコットは、元・英雄のラスティをまっすぐに見据えた。


「約束します。アロンダイトさんだけは、絶対に。もう二度とひとりにしないと」

 その日の夜。スコットは、自分の身の安全を守る唯一の武器であった発信機を――叩き潰して川へと投げ捨てた。

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