第15話 第三章 契約者

第三章 契約者


 国の中央に聳える白い塔。それは、国の根幹を担う研究所であると同時に、罪を犯した咎人を捕らえておく檻なのだとか。


 国の『繁栄』を司り、研究所を守護する『十剣』であるアゾットは、その最先端技術を利用して医療や魔剣の改造、性能アップについて日夜研究を行っているらしい。 

 新薬を試す実験台は、研究所と檻のこの近さ……まぁ、そういうことなんだろう。


 文字通りの監獄塔を上り詰め、最上階の特殊犯用独房を目指す。

 アゾットは、道すがらラスティのことについて説明してくれた。


「さっきから不思議そうな顔をしているね、スコット君。なんで百年以上前の人物であるラスティが生きているのかって?」


「ああ、いや、それもあるんですけど……それよりも、この国では崇拝されているような人物だと聞いていたので、どうして捕まっているのかが気になって……」


「ああ、そっちか。あのねぇ、ラスティは国際的に指名手配されているのとは別に、少し前に国内で『魔剣喰いソードイーター』という重大な事件を起こして捕まったんだよ」


「『魔剣喰い』?」


「一般には犯人の名が公表されていない、あの事件ですね? 私も詳しい話は知らないのだけど、国の各地で魔剣が次々と襲われ、その刃を削り食べられたという凶悪事件のことよ。でもまさか、その犯人がラスティ博士だったなんて……」


「刃を、食べ……??」


「魔剣にとって刃は、力や自尊心の象徴。その美しさに誇りを持って生きる魔剣にとって、刃を削られたり、刃毀れしてしまうということは、身を切るような――そうね、人間に例えるなら、身体に大きな傷跡の残るケガをすることと一緒なの」


「いわゆる『お嫁に行けない!』って悩むようなやつだよねぇ。そうじゃなくとも、なんらかの後遺症が残っていてもおかしくないような怪我だ」


「そんな……! 下手をすれば殺人未遂じゃないですか!?」


「そうそう。ラスティは英雄であったと同時に世界一の魔剣研究者でもあったから、刃を切除する腕――もとい、殺さない自信はあったのかもしれないけど……それでも酷い話だ」


(刃の切除……! そうか、アロンダイトさんの記憶を削ったのも、それで――)


「まぁ、そんなこんなで今や彼は、この国においても立派な咎人だ。この際だから全部話してしまうけど。ラスティが魔剣喰いを行った目的は、『自身の身体を魔剣にすること』だったんだ。刃を食べて、その身に魔剣細胞と『鉱脈血』を取り込むことで、人間の身体を捨てるのさ」


「ど、どうしてそんなことを……?」


「端的に言えば『不老不死』だね。いや、正確には死なないわけではないけれど、『魔剣』というのは『鉱脈血』が流れる限り、人間にとっては致命傷となる傷でもある程度は持ち堪えて治すことができるし、その刀身が朽ちない限り死ぬことはない。『風化』や『錆び』といった不治の病はあるけれど、それでも人間の寿命と比べると遥かに長いだろう? だから、ラスティは後天的に魔剣になることで人としての寿命を伸ばそうとした……人造魔剣、というよりは半人半剣の――うん、キメラに近い。そんな禁忌の人体実験を、自らの身体で行ったのさ」


(魔剣に、なる……? 半人半剣……??)


「元より、『命を喰らう魔剣ダーインスレイヴ』から貰った刃の欠片を食べたことで『他者の命を己のモノにする』という能力の一部を有していた彼は、ヒトより余程若い肉体を有していたわけだけど、その細胞の活性作用にも限界があったらしくてね。ラスティは遂にこの国の魔剣に手を出した、というわけだ」


(意味、わかんない……)


 けど、ラスティのしたことがとんでもないことだということだけはわかる。

 聞く限り、常識の範疇を諸々超えた凶悪事件だ。

 不老不死? そんな技術が『外』に出れば、今以上にこの国は各国から狙われることになるだろう。『魔剣』という存在は、それほどまでに世界のバランスブレイカーだった。


「でも、どうしてラスティはそんなことをしたんですか? だって、彼の目的は世界中の魔剣をこの国に集めて、守ることだったんでしょう?」


 その問いかけに、アゾットは自嘲気味に嗤う。


「……だから、だよ」


「え?」


「いや、かつては彼と契約していた身としては、信じたくはなかったよ。まさかラスティが、『この世界を滅ぼして、新しく魔剣だけの世界を作ろうとした』なんてさぁ?」


「世界を、滅ぼす――!?」


「まぁ、彼の隣にはエクス=キャリバーがいるんだ。まるっきりできない話じゃあない」


(……!?)


「救国の英雄は、救ったあとで、世界が醜いものだと気が付いた。止まらない争い、再び起こった第二次世界大戦、その内に潜む欲望と権力闘争――戦いが苛烈になればなるほど、世界はこぞってラスティを国賓として迎え入れようとした。人智を超える『英雄』を、永世中立のままで終わらせておくのはもったいないからね。だから今度は滅ぼそうとしたのさ」


「そんな――!」


「世界に絶望したラスティは、人間という種の根絶を目指した。でもその為には長い寿命が必要だ。仮に物理的な攻撃で世界をふたつに割ったとしても、猛毒の剣でとんでもないウイルスをばら撒いたとしても、生き残りは必ずいる。それが人間だ。だから、最後のひとりが息絶えるところを見るには、自分もそれ以上に生きていなければならないよねぇ?」


「それで、自身を魔剣にしようと――?」


「まぁ、そういうことかな。ラスティがどんな人物か、わかったかな?」


 さらりと言ってのける幼女に、スコットは小さく頷くことしかできない。


「あぁ、ひとつ忠告をするのなら、彼は今でも『外の人間』が大嫌いだ。欲に満ちたその目を見るだけで吐き気がするとか手が震えるとか、なんとか……だから、刺激するような発言は避けるべきかもねぇ? でも、ラスティは外の人間に対しては殺人鬼かもしれないが、元来衝動的な殺戮は犯さない、。キミが魔剣わたしたちの味方であるとわかれば危害を加えるような真似はしないよ、安心して?」


 一通りを説明し終えたアゾットは最上階で止まったエレベーターのパネルを前にして、今一度スコットの方を振り返る。


「会うのが怖くなった?」


 その問いかけにスコットはしばし考え、首を縦に振った。


「……正直に言えば怖いです。でも、話を聞く限り、ラスティの根本は魔剣の味方なはず。だったら、過去にどんなことがあったとしても、今の僕たちにとっては味方に間違いない。それも、すごく強力な……」


 そうして再び前を向き、フロアを占有するように広がる鉄の扉の先を見据えた。


(けどもし会えるなら、『あの真実』を確かめるチャンスになる……)


「だから、怖くても会わなくちゃ」


「んふふ……! キミ、いい目をするようになったなぁ。さぁ、そろそろ最上階だ。VIPルームは眺めのいい場所って相場が決まっているからねぇ。たとえそれが、凶悪犯だとしても――」


 真っ白いフロアに分厚い鋼鉄の扉が何枚も重なっている。アゾットはそれらを虹彩認証でテキパキと開けていくと、意気揚々と最後の一枚を開け放った。

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