第14話
駆け足で到着したふたりの姿を見て、指令室に集まっていた魔剣たちは口を開く。
「んも~う! アロンダイトってば、私の検査を放っぽりだしてどこ行ってたのさ~!」
「ご、ごめんなさいアゾット様! それより聞いてください! 英軍から新たな作戦が――!」
パタパタと長い白衣の袖を振り回す幼女。そこまで怒っていない様子に、アロンダイトはホッとする。
「はい、キミの私物はそこにまとめておいたからね。持ち出した検査着はきちんと返してよぉ? で、急ぎの用事って――その恰好は……?」
ワンピース姿のアロンダイトを上から下まで眺めたアゾットは、にやりといやらしい笑みを浮かべた。
「ははぁ……? さてはデートだねぇ?」
「なっ――! 違っ……!」
真っ赤になって否定する様子に、にんまりと顔を近づけるクラウ=ソラス。
「ふふ、若い子に人気の初夏の新作コーデ! これは間違いなくデートねぇ♡」
「それは! これが、お店の一番前に出てたから……!」
「誰がどう見てもデートだな。まったくイギリス軍め、余計な事を。馬に蹴られて死んでしまえ」
「ダーインスレイヴ様まで……!」
『もう~!』とたじたじのアロンダイトに、『十剣』の面々は安堵していた。下手をすれば、もう二度と帰って来てくれないかもと思っていたから。
そうして、彼女をここまで元気にしてくれたのは誰なのか、言われるまでもなく理解していた。
「スコット君、報告ありがとうね?」
「え……? いや、報告はこれからですが……?」
「はいは~い。じゃあ、英軍の動きの方を聞かせてもらいましょうか――って? あら? 声明文?」
不意にパソコンに届いた報せに、クラウ=ソラスが苦々しい顔つきでにらめっこし始める。そうして、『あちゃ~』といったように頭を掻いた。
「イギリスからぁ~たった今~声明文が届きましたぁぁ~……」
「な、なんて?」
おそらくはスコットが受けた伝令と関係があるのだろう。
固唾を飲んで見守る面々に、クラウ=ソラスは宣言する。
「『錬金の魔剣アゾット、及び聖剣エクス=キャリバーの引き渡しを要求する。従わなければ、大規模攻撃も辞さない』ですって~」
その知らせに、アゾットはため息を吐いた。
「おいおい……エクス=キャリバーはともかく、私はイギリスの持ち物じゃあないんだけどねぇ?」
「遂に引き渡されるか?」
ダーインスレイヴの問いかけに、アロンダイトは反論した。
「ダメですよ! そんな、ひとりを犠牲にするなんて……!」
でも、その台詞はアロンダイトにこそ言いたい。スコットの口からは思わず言葉が漏れる。
「アロンダイトさんが言えたことじゃないと思う……」
「なんですって!?」
「だってキミは! 今までずっとひとりで壁を守ってきたじゃないか!? それが『ひとりの犠牲』とどう違うっていうんだ!?」
「……っ! それ、はッ……!」
「アゾットさんを差し出したくないのなら、キミだってもっと仲間に頼るべきなんじゃないの!?」
「そんなの、言われなくてもわかってるわよ! もう、私ひとりじゃあ守り切れな――」
ぐっと目に涙を滲ませる少女の目を覚まさせるように、スコットは声を上げた。
「そうじゃない!! キミだけが戦えばそれでいいみたいな、その考えをやめろって言ってるんだ!!」
「……っ!?」
「今回の作戦、もう少佐でなく将軍以上の統括になっている。権限が変わって、使用できる兵器も増えているだろう。『聖剣奪還作戦』としての規模は過去最大だ。将軍はどうやら方々に手を回して正規の聖剣奪還部隊以外の戦力も掻き集めているみたいだし、それに、伝令にあった半径百キロに及ぶ範囲攻撃――多分、
奥歯を噛み締めた物言いに、事の重大さが滲み出る。クラウ=ソラスは今までの陽気な雰囲気から打って変わって、深刻な面持ちで腕を組む。
「ウチはバチカン並みに小さな国だもの。そんなの、フラムグレイス独立国だけじゃなくて近隣のスイスにも放射能汚染の被害が及ぶわ。私たちとスイスは永世中立国。でも、核兵器を使ったとなればそれだけで世界中からの批判を浴びることになる。イギリスは援助を失い、名実ともに孤島と化すわ。それとも英軍は、第三次世界大戦を引き起こすつもりなの?」
「それは、したっぱの僕にはわかりません。でも、僕が目の当たりにしたアゾット様の力……アレさえあればお金には困らない。とやかく言ってきた国を、悉く黙らせるつもりなんじゃないでしょうか……」
「金の力で、ねぇ……?」
「なんと愚かな」
「でも、それが……僕の国、ってことです……」
自嘲気味に嗤うスコット。誰もがわかっていた。スコットは英国などではなく、もうこの国の人間だと。たとえ時間は短くとも彼の今までの態度を思えば、誰になんと言われようと、スコットは仲間だと言い切れる。
クラウ=ソラスは、スコットの腕に付けていた自爆用拘束具を外すと、観念したように口を開いた。
「はぁ~……わかったわ。彼を相手に、もう隠し事はヤメにしましょう?」
「待て、クラウ=ソラス。お前、まさか――あいつの力を借りるつもりか?」
「ん~、でも、もうそれしかないんじゃないかなぁ? いくら無期懲役中の凶悪犯とはいえ、仮にもこの国の建国者なわけだしさぁ?」
(え……? 『建国者』? それって――)
「『十剣』としてこの国を任された以上、私達で解決しなければならないというのはわかってる。軍の責任者として、この命に代えられるならいくらでもくれてやるつもりよ。でも、私の命がいくつあったところで放射能は防げない。打たせたらそれでお終いなの。誰の力を借りるとか借りないとか、四の五の言ってられないわ」
「そうだねぇ。ウチは国土が狭いから、どうしても食料自給は自国だけでは賄えない。今だって主にスイスからの輸入に頼っているところがあるのに、近隣の大地が死ぬとなると、医療技術を駆使して生き残ったところでどの道――だしねぇ?」
「しかし、あいつはこの国の魔剣を傷つけて――!」
「でも、手をこまねいていては『あの事件』とは比べ物にならないくらい多くの魔剣が傷つくことになるわ。ダーインスレイヴ、それはあなたが一番よく知っているでしょう? 数多の『戦争』に駆り出された、呪いの魔剣のあなたなら……」
「くっ……!」
「それに、彼が今も生きていることは、キミだって喜んでいるはずだ」
「たとえ囚人だとしても、私の契約者なんだ……当たり前だろう」
「だったら、こういう非常事態にこそ役に立ってもらった方がいいと思わない? 罪を償い、この国に貢献するという意味でもさぁ?」
ダーインスレイヴが反論しなくなったのを確認し、その場は満場一致となった。
クラウ=ソラスは椅子に掛けてあった純白の軍服を羽織ると、颯爽と歩き出す。
「さぁ、ついてきなさい。当事者であるあなたには会ってもらう必要があるの。我が国、フラムグレイス独立国の建国者にして、かつて世界災厄『魔王』から世を救った『白の英雄』――今の世では、世界中の魔剣を奪取して国際的に指名手配されている凶悪犯。ラスティ博士と、その相棒のエクス=キャリバーに――」
(エクス=キャリバー……!)
その言葉に、スコットは忘れかけていた将軍の言葉を思い出していた。
『聖剣は、王たる主の元に還らねばならぬ。必ず、かの聖剣を奪還するのだ……!』
それと同時に、さっきの連絡、最後に付け加えられた言葉を思い起こす。
――『君が息災にしているようでなによりだ。よほど良い監視役にでも恵まれたのかな? もし君が望むなら――ひとり。ひとりだけなら共に連れて帰ることを認めよう。聖剣の確保と同時に君を回収する機体を向かわせる。共に乗りたまえ。聖剣はそちらの国では有名人なのではないのかね? だというのに君が未だに発信機を鳴らさない理由……まぁいい、推測はよそう。今のことは頭の片隅に入れておいてくれたまえ。では――』
(最悪の場合、アロンダイトさんだけなら助けられる。でも……)
だがそれ以上に、今は不意に出てきたある人物の名が頭から離れない。
(ラスティ博士、か……)
そいつは、アロンダイトの記憶を消した張本人なのだから。
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