第12話

 雲の向こうから聞こえる、キィンという耳をつんざく嫌な音。その音は、敵が確かにということを意味していた。

 大気を裂きながら次々と浴びせられる爆撃は、堅牢に国を守るダイヤモンドの壁を打ち砕かんとその数を増やしているようだ。


「ステルス機が有効であるとわかって、増援を呼んだようですね。数は――さん、し、ご……」


「ふ、そこまでにしておけ。数など数えたところで意味はないからな。それより、こちらに攻撃を仕掛けてくる素振りはありそうか?」


「ええと……新たに敵を捕捉した場合はむやみに攻撃せず、相手の出方を伺うのが基本です。弾薬もタダではありませんから」


「ほぅ、人間はケチくさいな」


「魔剣の皆さんと違って、魔力があればいいって問題じゃないんですよ」


「ふむ。ならばお望み通り、先に仕掛けさせてもらうとするか。私にはアロンダイトのような便利な防衛スキルバリアは無い。敵が仕掛けてきた場合はそれ以上の攻撃を以て迎撃する形となるだろう。スコット君、傍を離れるなよ?」


 不敵に笑った男が右手を掲げると、その手に闇が凝縮し漆黒の魔剣を齎した。柄に埋め込まれた金の宝珠が、男の双眸と同じ妖しさを湛えている。


「それが――『ダーインスレイヴ』ですか……」


「私自身が変身した姿――『本体オリジナル』の十分の一にも満たない能力しか有さない『分身レプリカ』だがな」


 それでも、見ただけでわかった。


 ――こわい。


 何故だか知らないが、声が聞こえる気がする。誰かのすすり泣く声が。

 あるいは、今際の際の断末魔が……

 『ここから、出して』と、泣いている。


「耳を傾けるな。心を、連れて行かれるぞ」


「……ッ!」


「私の真の名は『命喰らう魔剣 ダーインスレイヴ』。殺めた者の命を吸収し、我がモノとする呪われし暗黒魔剣だ。だが、このような力も使い方さえ間違えなければ何かを、誰かを守る力となる。私はそれをラスティ……我が契約者に教わったんだ」


 集中するようにそっと目を閉じ、暗黒魔剣は彼と出会ったときのことを思い出す。


 打ち捨てられて寂れた古城の地下に眠って――否、封印されていたダーインスレイヴ。そこに、当時スコットと同じくらいの歳だったラスティは現れた。

 第一次世界大戦の後、冒険者として世界中から魔剣を収集、もとい仲間にする旅をしていた彼に対し、暗黒魔剣は自嘲気味に嗤った。


『俺に近づく者は皆、不幸になる。呪われる。共に旅など、そんな夢物語――』


 そう吐き捨てた血まみれの手を、ラスティはそっと握ったのだ。


『僕たちと一緒に来れば、きっと楽しい物語になるよ』と――


 そっと瞼を開いた暗黒魔剣は、眼前に迫る敵を見据えた。


(空を飛ぶ、鉄の塊。ヒトの『兵器』――)


 カタチは違えど、ソレはかつて自分も呼ばれた名だ。

 数多の戦争に駆り出され、多くの命を屠った魔剣――同様に多くの希望を託された聖剣に貫かれた痛みが、胸の奥で疼く。


(そんな私達に初めて声をかけてくれたのが、お前だったな。ラスティ……)


 たとえ今は隣にいなくとも――


「その恩義に、報いよう――」


 ダーインスレイヴは魔剣を手にすると、反対側の腕をおもむろに斬りつけた。漆黒の外套を裂き、中から赤黒い血が一直線に流れ落ちる。そうして地に血で紋様を描くと、その中心に跪き、大地に手を置いて詠唱した。


「――【誰も、彼も、逃れられぬ呪いの力。血に刻まれし既知の命は、我が手にあり――呪血の茨ブラッディ・ソーン】」


 終えるや否や、地に垂らした血液が茨の如く四方に広がった。瞬く間に雲を突き抜け、何かを探すように枝を伸ばしていく。そして――


「……見つけた。そこか……!」


 ダーインスレイヴは立ち上がり、両手を大きく広げて見せる。すると、まるで翼を齎すかのように黒い魔剣が群を成して背後に顕現した。その数、およそ百……!


「――【災禍の黒雨カラミティ・フラッド】」


 命じるように右手で空を切ると、上空めがけて黒い魔剣の雨が天に逆らいながら昇っていく。その一本一本がまるで意思を持つように逃げ惑う無人機を貫かんと追い込み、囲い込んで、そして――


 ドォオオオンッ――!!


 爆発音が響いて、辺りには機体の欠片が流れる星屑の如く降り注いだ。


「――帰るか」


「……は、はい……」


 ――『魔剣』。

 それは、ヒトの姿をした剣であり、意思と誇りを持った生きモノ。

 彼らがここに立つ限り、『魔剣国家』は沈まない――

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