第6話 第二章 彼女の存在意義
結局、アロンダイトは泣き疲れてその場で眠ってしまった。
その様子をずっと見ていたスコットは安堵し、手近にかける毛布などがないかを探す。
(ベッドは、あっちの部屋かな?)
ダメとは思いつつも、このまま彼女が風邪を引いてしまうのも見過ごせない。スコットは恐る恐るドアを開け、寝室を覗き込んだ。
(わ……女の子の部屋だぁ……)
思わずそんな感想を零すくらい、アロンダイトの部屋は可愛らしかった。
外での凛とした姿とは打って変わって、家での彼女は大層可愛らしい趣味をお持ちなようで。ハートや星型のクッションとくまのぬいぐるみの置かれたベッドにパステルカラーの抱き枕が寝そべっている。
いつも抱いているのだろう、その抱き枕は使い込まれて若干くったりとしていた。顔をうずめたら間違いなく彼女の匂いがするんだろう。抱きしめたら、彼女を抱いている気分になれるかもしれない……
(だ……ダメだ、ダメだダメだ!)
いくら童貞でそういった経験の無いスコットでも、この誘惑に負けたら紳士の国出身としてはもちろん、人間としても失格だと嫌でもわかる。
(と、とにかく運ぼう……!)
「失礼します……」
テーブルに突っ伏して寝入ってしまったアロンダイトを遠慮がちに抱えると、見た目よりも随分と華奢な骨格に驚く。軽くて、柔らかくて、いい匂い。
(本当に女の子なんだな……剣に変身するらしいけど……)
まじまじと見つめていると、すぅすぅと上下する胸に視線を奪われる。
(…………)
――結構ある。多分Dはあると思う。スコットはこういうのは見慣れていないから、ひょっとすると脱いだらもっとあるかもしれない。
(み、見ちゃダメ……!)
だが、アロンダイトは寝顔も大層愛らしかった。長い睫毛がときおりぴくりと動き、そのたびにもぞもぞと腕の中で身体をよじる。
「んん……」
(はぁぁ……! これ以上は、僕がどうにかなりそうだ!)
それらの誘惑に打ち勝ち、スコットはアロンダイトをベッドに横たえた。
音もなく閉めた扉の向こうで、はぁ~っと大きなため息を吐く。
(今日はここに泊まっていいのかな? とりあえず、今日は色々ありすぎてもう限界だ。ソファをお借りして寝よう……)
隣の部屋で美少女が寝ていると思うとなかなか寝付けなかったが、結局疲労が性欲を上回り、スコットは静かに瞼を閉じたのだった。
第二章 魔剣の存在意義
脳は、記憶を整理する。
スコットの頭の中では、今日起きた出来事が映画のフィルムのように流れていた。
(魔剣かぁ……不思議な存在だなぁ。まるでおとぎ話みたいな存在なのに、触るとちゃんとあったかかった。僕らと同じように生きているんだ。あんな、魔法みたいにわけわからない力で雷を操るのにさ。でも、どう見ても女の子にしか見えないよなぁ……)
深夜。色んな意味で落ち着かない環境の中レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返していたスコットの元に極秘通信が入る。
捕虜となってから結局一度も鳴らなかった通信機。てっきり捨て駒よろしく見捨てられたのかと思っていたが、今更になって連絡が来るとは。
(こんな夜更けに、誰? 少佐……?)
アロンダイトに話を聞いてこの国に馴染み始めてしまっていたスコットは、浮かない心地のまま通信をオンにする。
「はい……ドローン隊、スコット二等兵……」
『おお、生きていたのか。素晴らしい』
聞こえてきたのは、テノールで無駄に心地よく響く男性の声。その声音に、スコットはソファの上で背筋を伸ばした。
「は、ハワード将軍!?」
『む。覚えていたのかね?』
「あ、はい。
『ああ、鼻炎の彼か』
軍の中では雲の上とも言うべき人物からの連絡。しかも、スコットにとっては珍しく尊敬したいと思える、部下に対しても紳士的な上官だった。
しかし、こんな事態になれば話は別で。直々に通信をかけてくるなど何事かと心臓が嫌な音を立てて鳴り響く。その予想に反して、将軍は穏やかな口調で話し出す。
『少佐から極秘任務のことを聞いたよ。体調に変わりはないかね? 捕虜となったキミが生きていること、心から喜ばしく思う。天におわします神に、感謝を――』
(……! まさか、僕を心配して……?)
こんな一兵卒のために連絡を寄越すなんて信じられない。しかし、ハワード将軍のことだからそういうこともあるのだろう。
ハワード将軍は組織内でも信心深いことで有名で、出自が旧貴族出身の大金持ちということからお育ちが良く物腰も柔らかい、軍人としては若干浮いている印象があった。
三十過ぎと歳若く、旧社会的な男性至上主義が拭いきれない軍部においても柔軟な考えを持つ紳士として振る舞う彼は、その甘いマスクも相まって女性隊員やお偉いさんのご夫人に気にいられ、ときに上層部から疎まれることもあったが、実家や所有している企業からの出資金の兼ね合いもあって、将軍の地位を与えられていた。
しかし、配属先はいつも『聖剣奪還部隊』のような得体の知れない秘密の部署。有り体に言えば『地位を与える代わりにあとは大人しくしていてくれ』ということなのだろう。肩書きさえあれば実家の公爵からも文句を言われない。そんな変わり者の彼だが、スコットは学があって金持ちなのにそれをひけらかさない将軍のことはそれなりに好感を抱いていた。
今回のこの一言で、スコットの中のハワード将軍の評価は爆上がりだ。だって下っ端もいいところの彼を心配し、直々に連絡をくれたのだから。
『して、状況は?』
「ええと……」
アロンダイトにほだされてすっかり現地に馴染んでいるとは言いづらい。しかも、それを彼女にとって敵国である母国の人間にバラすのも、アロンダイトを裏切っているようでなんだかイヤだ。
でも相手はそれなりに尊敬している将軍閣下……彼を騙すようなこともしたくない。言い淀んでいると、将軍はひとりでに得心した。
『会話しづらい状況か……近くに監視の目があるか?』
「あ、はい……」
適当に話を合わせてその場を凌ごうとするスコットに、将軍は告げる。
『では、手短に済まそう。スコット二等兵、君には、フラムグレイス独立国内における聖剣エクス=キャリバーの所在を探って欲しい。これは軍の意思ではなく、私個人として君に与える任務だ』
「え? エクス=キャリバーですか? アゾット剣でなくて?」
『無論、軍としては宝剣アゾットの奪還が最優先。しかし、それはあくまで私が軍部にこの『聖剣奪還作戦』を承認させるうえで必要だった目標設定に過ぎない。私の真の目的は、エクス=キャリバーの奪還。それに尽きるのだ。なにせエクス=キャリバーは、かつての我々、ブリテンの王アーサー、そして――我がハワード家のモノだったのだから』
(……!?)
急に『自分は王の末裔だ』みたいなことを言い出した将軍に、開いた口が塞がらない。少佐ではなく将軍こそマギーポッターの読み過ぎなんじゃなかろうか。
しかし、少し前まで『魔剣』の存在を少佐の妄言だと疑っていたスコットは、それが誤りだったと身を以て知った。だとすると、将軍の言う『エクス=キャリバーは俺のモノ説』も真実なのだろうか?
『エクス=キャリバーは国では知らない者のいない聖剣だ。しかしその実態は、生きモノ――人の姿をした魔剣である』
(知っていたのか……!)
『彼女は黄金の髪を持つ美しい女性であると我が家の文献には記載があった。歴史の中で多くの偉業を成し遂げてきた聖剣……私は、彼女に一目会いたい。そして、我が家に迎え入れるのだ。聖剣は、在るべき場所に――我が家に、還らなくては』
穏やかに語る言葉。将軍の家が本当にアーサー王の末裔なのかは知らないが、エクス=キャリバーが真の目的というのは嘘ではなさそうだ。
しかし、その語り草にスコットは本能的に危険を察知していた。なにせ、エクス=キャリバーを語る将軍の口調は徐々に熱を帯び、恍惚とした表情が通信機越しでもわかるほどだったから。
『数多の英雄の手を渡り、歴史を見、人々に希望を齎した聖剣――その本懐は、主の願いを叶えることだと言われている。しかし私は、彼女に願いを叶えて欲しいわけではない。私が、私こそが彼女の主に相応しいと認められる。そうして、彼女は最も彼女を輝かせる場所で、永久に咲き誇るのだ……! それこそが私の願い。聖剣とは、ただ傍に在る――それだけで素晴らしいモノなのだよ……! わかるかね!?』
どんな演説もスマートにこなす将軍のこんなに熱い物言いは初めてだ。
ぶっちゃけ引く。
『スコット二等兵、君は今、フラムグレイス独立国の中にいるのだろう? ああ、羨ましい。彼の国は、ごく僅かな認められた人間しか入ることが許されない。私は軍と関わりがあるせいか、何度頼んでも門を開けてもらえなかったのだ。『魔剣』とは、どういう存在なのかね? ヒトの姿をしている剣にはもう会ったかな? 人と共に生活をしているというのは本当かい? 殊更に美しい容姿を持つ者が多いというのも?』
「あの、将軍……?」
『あぁ、何が極秘任務だ。できれば今すぐ私が君と代わりたい……! いや、しかし。捕虜となっては意味がないな。私は、聖剣を手にしなければならないのだから』
「将軍がそこまでエクス=キャリバーにこだわるのは何故ですか?」
その問いに、ハワード将軍はまっすぐに答えた。
『聖剣は、王たる主の元に還らねばならぬ。それになにより、私はヒトの姿をしているという美しい彼女に会いたい……それだけさ』
何故かはわからない。言葉自体に嘘はなく、切にそれを願っているというのもわかる。幻の聖剣に会いたい……願いとしては、アーサー王に憧れる幼子が夢に描くようなピュアなものに聞こえなくもない。しかしスコットは、背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。
『願い』――それ以上に、将軍の声音からは欲望が滲み出ていたのだ。
『おっと、話が逸れてしまったな。さて、スコット二等兵。君は捕虜として捕らえられている割に、随分と良くしてもらっているみたいじゃないか』
「え?」
(どうしてわかったんだ……?)
『こうして会話をしていても支離滅裂なことを話さないし、向こうに一方的に口止め、服従させられているようにも思わない。過度の尋問や洗脳を受けていない証拠だ。声が枯れていないところからすると、拷問も受けていないのだろう?』
(えっ。そんなのでわかるの? てゆーか想定が……軍人、こわっ!)
『そんな君には、引き続き捕虜として聖剣の所在を探って欲しいと思う。なに、先も話したとおり、これは軍の命令ではなく私個人のお願いだ。成功すれば多額の報酬――君が一生遊んで暮らせるぐらいの額をハワード家から用意しよう。無論、屋敷付きで。地位や名誉を望むなら、上層部に掛け合って飛び級で階級を授けるようにもするが、いかがかな?』
(……!?)
『君はただ、エクス=キャリバーが居るところで事前に持たされていた発信機を押せばいい。それが聖剣実在の証明になるし、軍を動かすきっかけになるだろう。現在、少佐から指揮権を私に移すように打診しているところだ。発信機からの生存信号が途絶えない限り、君の身の安全もできるかぎり保障……いや、私の権限でそうしてみせる。そして必ず、かの聖剣を奪還するのだ……!』
その意気や揚々。まるで魔王に連れ去られた姫を取り戻す騎士かの如く、だ。その命令にスコットは、浮かない声で返事をするしかなかった。
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