あの日の僕を探して

バンビ

第1話死刑囚4265号からの手紙

悔いの多い生涯を送ってきました……武者小路実むしゃのこうじみのる(48歳)は、太宰治の某小説の冒頭のような言葉を独り言のように呟いていた。

みのるは、実に本日まで、人生をリセットしたいと考えるような分岐点を 7587回も繰り返して今日まで生きてきた。

そしてそのたびに、もう一人の自分と分裂しては、別れを何度も繰り返した。

「バイバイ僕の分身」

はぐれたら二度と会えない覚悟は頭の片隅に置いていたが、空間の間を通り抜けて、隣の世界のパラレルワールドから、わざわざ僕に会いに来てくれる奇特な僕もいる。

3流企業のさえない係長で、人生ゲームの勝利者でもなく敗者でもなく(いや、敗者と呼ばれてもおかしくはない)チャレンジ精神とは全く無縁な僕が、1番というオリジナルなだけで、興味本位で会いに来てくれているだけであって、そのほとんどは成功者である。

同窓会には成功者しか来ないという格言はまさに言いえて妙である。

元プロ野球選手で現在は監督業の僕、某大手の化粧品会社の社長の僕、日本画家の僕、有名バンドのヴォーカル&ギターで東京ドームでもライブをしたことがある僕、売れっ子アイドルの僕、一流プロゴルファーの僕、著名なアルパインクライマーである僕、弁護士の僕、億ションに住むユーチューバーでバズりまくりの僕、国会議員で党首でもある僕、アクション映画スターで俳優の僕、プロデューサーの僕、映画監督の僕、某宗教団体の教祖の僕etc…… 

一番肝心な、根底である記念すべき第1号の僕の生活意識は中の中で、趣味はパチンコと酒、二人の子供と、園芸や庭いじりが趣味の普通の容姿の妻をもち、借家に住んでいる平々凡々の僕は、彼ら成功者とは申し訳ないほどに天と地ほどの雲泥の差がある。

オリジナルである僕は、何故か別れた僕に会いに行くことは出来ないのだが、恐らくそれはなんだかんだ言って、今の暮らしに悔いはあってもあまり不満はないせいだろう。

元来の几帳面な性格からか、僕は別れた内容を全て大学ノートに記載していた。

その大学ノートの数も実にこの48年間で12冊目である。

ちなみに僕が、人生最初の分岐が始まったのは小学校1年生のときで、そんな時分から世に憂うようなませたガキであったのだなと思う。

最初の分岐は、初恋の女の子に告白するかどうかという、今からすればくだらない内容であったが、告白すると選択した2号は、今は彼女と結婚し、その彼女はモデルや女優となり、2号である僕は主夫業を営み、料理本を何冊か出していて、「主夫業のススメ」という本がバカ売れしているらしい。令和の時の人として一躍有名人になったそうで、たまにオリジナルの僕にも会いに来てくれる。

僕の不遇を見て、分岐点の大事さを思い知ったのか、「やりなおしコンサルタント業」を始め、若者をターゲットに、自分の現在の境遇に不満をもち、脱出したがっている人をささやかに支援する会社を経営しはじめるや否や、とんでもない人気で今や年商20億円の大企業となったらしい。

ちなみにこの分岐点のたびに分裂できる能力を持つのは、世界中でも僕一人だけらしく、「やりなおしコンサルタント業」というのも、ぶっちゃけでたらめらしい。

催眠術で生まれ変わったようにそそのかし、いかにも新しい自分に出会ったように信じさせるのがポイントなのだと2号は語っていた。

この2号のような成功は僕の分裂の中ではほんの一握りで、僕の人生の分岐で分かれたほとんどの僕は、人生の落伍者を歩んでいるという噂も聞いた。

犯罪者、ホームレス、やくざ者、売れないカメラマン、下っ端で薄給のアニメーターや、漫画のアシスタント、転職を繰り返した日雇い労働者、自殺をした僕や、殺された僕も数名いるということを聞いた。

過去の僕の成功談などを聞くと、今の生活に未練を断ち切ることはできず、なおさら選択肢を加速させて、どんどん枝分かれしていく。

今、僕が悩んでいるのは、勤めている会社を辞め、女房と別れて、独立を始めることで分岐しようとしていた。

分岐が始まろうとすると猛烈に頭が痛くなり、身体が真っ二つに斬られたかのような痛みと共にもう一人の分身が現れる。

ここまでの痛みがあるにも関わらず、新しい人生を歩みたいと考える僕は、やはり欲にまみれた人間なのだろうか?

別れたいと願う僕は7588号の僕で、オリジナルの僕は、このまま平凡に勤め上げることを希望している。

「バイバイ僕の分身」

7588号の僕は、踵を返して、もう一つのパラレルワールドへと消えてゆく。

僕の分身であるために幸せを願うばかりだが、妬みにも似たモヤモヤが残るのはどうしてだろう?

学生時代、軽音楽部でギターを弾いて、当時の同級生たちとバンドを組み、バンド全盛の流れに乗って、爆発的に売れた2914号は、ライブのDVDを持ってきてくれて、僕の前で見せてくれた。

僕は大勢の観客を前にした自分の活躍に号泣し、地団駄を踏んだ。

彼との分岐が始まったきっかけは、ギターを始めるか否かという些細なことで、面倒くさいと感じた僕は、ギターをやらずに帰宅部を選んだ。

ただそれだけのことで、途方もなく信じがたいほどの差がついてしまったことに唖然とした。

「バタフライエフェクトって知っているか?」

2914号の僕がたずねてきた。僕は首を横に振る。

「蝶が羽ばたく程度のささいな攪乱かくらんでも、遠くの場所に竜巻を引き起こすことは可能であるという力学的法則。長期予測不可能説だよ」

2914号は、興奮気味に僕に話した。

「ギターを始めるか否かで、ここまで差がついてしまったことは、ある意味バタフライエフェクトみたいなものだと思わないか?」

僕は2914号の話を聞きながら、先をうながした。

「もちろん、ギターを選んだからと言って、それがそのまま今に至ったわけじゃなく、挫折した僕もいたし、未だに売れないストリートミュージシャンみたいな活動をしている僕もいる。オリジナルの僕が知らない世界でさらに枝分かれをして、その中でたまたま成功したのが今の僕なんだ」

そうか、当然別れた僕の中でもさらに分岐はあって、皆それぞれに分かれていく…

当たり前のことだけど、そう考えてみると自分の世界はいったいどれだけあるのだろうかと考えてしまう。

何千?何億?何兆?何京?どれだけのパラレルワールドがあり、どれほどの自分が今現在躍動しているのだろう?

無量対数ほどの僕が、切磋琢磨して、生きているかもしくは死んでいる。

僕が大学ノートに記載している7588は、その中でもほんの僅かなんだなと思うほどに、満たされぬ思いで頭がいっぱいになる。

オリジナルの僕は、選択肢があるたびにいささかの躊躇ためらいもなく、確信をもって否定してきた。ギター、ゴルフ、野球、空手、漫画、ピアノ、公文、英会話、ヘッドハンティング、友人と独立、留学、自己退社など、自分に少しでもリスクのあるものを遠ざけてきたが、もう一人の僕はそれに果敢に挑み続けた。

悪い言い方をすれば、逃げに逃げてきた結果が、今のオリジナルの僕だ。

今後も生きている以上は、困難を避ける道を躊躇なく選ぶのだろうなと思うと、満たされない気持ちでいっぱいになる。

束の間、2914号になったように妄想でエアギターをかき鳴らしたり、プロ野球選手として成功した889号になったようにバッティングセンターで汗を流す。

(僕は本当は凄いんだ!)と心に念じながら……

このときの顔が本物の僕の顔ではないかと密かに思ってしまう。

5時半、いつもの起床時間に自然と目覚めて、玄関に新聞を取りにいくと、手紙が一緒に入っていた。

手紙の差出人は、4265号と書かれていた

4265号? 手紙よりも差出人の素性を探るために、僕は手紙と新聞を持ち、2階の書斎へと駆け込んで、大学ノートを広げた。

4265号……確か、大学進学で、何を勘違いしたのか、浪人してでも医学部を目指すと頑なに決意して別れた僕だ。

その後は、医学部に受かったのか落ちたのかは不明で、全く連絡を取り合わないままになっていた。

気になって手紙を開封すると、写真が1枚入っていた。

田舎の僕の実家の写真と思われたが、そこが廃墟のように荒らされていた。

僕自身の実家は未だ変わっておらず、両親は今も健在であるはずなのに、この変わりようはいったい何だ?

それに「テロリスト」や「人殺しの身内」など、のっぴきならない内容の言葉で、張り紙やスプレーをかけられている。

鼓動の速さを抑えきれず、そのまま中に封入された手紙を取り出して、読んでみた。

「拝啓、1号の僕へ  4265号である僕は、昨日の裁判で、死刑宣告を受けました」

手紙の出だしには そう書かれていた。

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