とある文豪が、恋煩いに逢った様で
阿原 枢
第1話 スランプ
「はぁぁぁぁぁ....」
思わず、深いため息が出てしまう。
俺は今とてもとても高い、壁にぶち当たっている真っ最中であった。
申し遅れたな諸君。俺の名は、佐田なずな。
職業は小説家で、コアなファンの間じゃまぁまぁ名の知れた、文字書きである。
嗚呼、勿論「佐田 なずな」と言うのはペンネームであり、本名は「佐田 修治」である。
生まれ年が春だったため、春の七草の一つである薺から取ったのがペンネームの由来である。本名は、親達から1文字ずつ取ったらしい。
まぁ、自己紹介はここまでにしておこう。
では本題に入るとしよう。
俺は今、執筆が行き詰まっている。其れはもう、崖っぷちに追い詰められた罪人の如く、行き詰まっているのである。
お陰で、担当の編集からは多大な抑圧を受けており、街でばったり顔を合わせる度「原稿はまだですか?先生。」と、満面の笑みで急かされる始末なのだ。
そして..そう聞かれる度、毎度毎度。
「あと少しだ」「一寸待ってくれ。あともう少ししたら、とても良い作品が出来そうなのだ!」と面倒な言い訳をしなければならない。そして、編集から「あぁ、亦か此奴は..」という、なんとも言えない顔をされねばならないのである。
なので、いい加減。インスピレーションを固め俺の駄文を待っている読者の為にも、新しい書物を出さねばならない。だが如何せん、アイディアなるものが湧かないのである。
小説家として考えものだ。
きっとこれが世にいう、スランプ...なるものなのだろう。
何度も言うが、良いアイディアが思い浮かばないのである。思いついても、いざ文に描き起こそう!と思って原稿用紙へ向かい合っても、数分すれば睨めっこ状態へ陥り、私が毎度負けてしまうのである。
周りの、意外と仲良くさせて貰っている同業者達は、幾つも幾つも...それは正に、鉱石を掘り当てた発掘家のように沢山の書物を世に出しては、多くの民草に名を広めつつあるというのに..それなのに俺と来たらコアなファン達にしか名を広めることが出来ずに四苦八苦しているのだ。
大勢の民草に読んで貰えるような..大きな賞を貰えるほどの傑作が俺にはまだ書くことが出来ていないのである。
散歩に出たらなにかしらの、多大なインスピレーションを受け、万人受けする作品を書けるだろうかと、..いやいや、また編集とばったり出逢い、抑圧を受けるのでは?と思考をぐるぐると回す。嗚呼、なんだか胃が痛い。
だが寝込むわけには行かないのだ俺は!!なんとしてでも売れて、金を儲けあわよくば嫁を取りたいのだ!!!!!
よし、担当に会った時の言い訳を考えながら薬を買いに散歩へ出かけ、尚且つ話のネタになりそうなものを探して万人受けする作品を書いて見せよう。と意気込み、俺はせっせと羽織を着て、帽子を被り人前に立てるような格好をし散歩へと出かけるのであった——。
とある文豪が、恋煩いに逢った様で 阿原 枢 @aen0820
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