第38話 視察と視察、それと不満げな弟
「これはこれは陛下に王妃様、お会いできて本当に光栄に思います。会食の準備は既に整っております」
山の町ボルテアの領主は手際よくアランドル王家の者たちをもてなす。既に料理はほぼ完成しており、後は最後の仕上げをして運ぶだけとなっていた。
出てくるコース料理に対しカレンは難なく、デニスはカチャカチャと音を立て苦労しながら進めていく。
「慢性的な人手不足、か。確か傭兵を紹介したと思うんだが」
「ええ。今でこそこうして栄えていますが元々は小さな
さすがに陛下が目を光らせている間は内乱は起こらないとは思いますし、いざという時のためと日常の警備のために陛下のおっしゃる通り紹介された傭兵を雇っていますがそれでも間に合わない程です。
何せ人が成人になるには15年はかかりますし、そこから訓練を積んで1人前の兵にするにもさらに時間もかかります。それに……」
「それに?」
「あまり大きな声では言えないのですが、アシュトン伯爵が怖いのです。彼の領地からしたら王国の端にいるわが領内でも圧力を日に日に強めています。
我々としても何とかその呪縛を断ち切りたいのですが彼の証拠隠滅は完璧で、絶対にしっぽを出さないから我々としては何も出来ないんです」
「……やはりアシュトン伯爵か」
デニスとボルテアの領主はそう話す。デニスが彼を引き込む際の不安材料なのが、アシュトン伯爵。
彼は詰めが万全でまず尻尾を出さないので憶測しかできないが、彼によると思われる妨害工作はここにも及んでいた。
領主はできればデニス側につきたいのだが伯爵の報復を恐れて表立って支持することはできなかった。
「アシュトン伯爵の噂はあまりいい話は聞かないですけど、こんなところでも聞くなんて」
「ああ。そんなにも俺の事が嫌いらしいな」
カレンはアシュトン伯爵の噂話を城のメイドや執事、さらには各地を旅して情報を集める行商人から聞いていたが、そのどれもが悪いもの。
アシュトン伯爵領からここボルテアまでは、アランドル王国の端から端までの距離があるくらい遠く離れた場所。
そこまで徹底した妨害工作をするのかと思うと逆に感心してしまうほどだ。もちろんいけない事なのだが。
「収入はどうだ? 予定通りの額は出せそうか?」
「それはご安心ください。観光客目当ての劇場が新設されて、収入は前年を超えるめどが立ちました」
「そうか、それはよかった。税率はしばらく上げないから今のうちに稼ぐだけ稼いで来い」
「陛下のお優しい言葉、身に
とりあえず税収に関しては問題なさそうだ。そのほか聞きたいことは聞いたしあとは別の視察場所へと向かうだけだったが……。
「ああ、陛下、王妃様、お待ちを」
領主が合図を送ると男の兵士と女の兵士がそれぞれ2名ずつ、2人の前にやってきた。雰囲気からしても普通の兵士とは少し違う何かがあった。
「彼らは?」
「わが領土から選び抜かれた精鋭兵です。陛下と王妃様の
王族を出迎えるにあたって自領内から警備のための兵をあてがう、というのは特にこれと言って不自然な事ではない。というか「要人を出迎える側が要人の身の安全を守る」のが当たり前だ。
特にここは温泉街、入浴中に襲われたらひとたまりもないだろう。そういう意味では妥当である。
むしろ反デニス派による襲撃や嫌がらせなど「もしもの時」が日常になりすぎていて、アランドル王家の者はどこに行くにも自前の警備兵と同伴、というのが異常なのだが。
ボルテア領主の館を出て次に2人が向かったのは、温泉街の外れにあるガラス張りの屋根を持つ建物。今年の春に完成したばかりの建物にカレンの視察が入った。
というのも彼女の頼みで王家に納めている花を育てている温室を1度は見てみたい。とのご希望だったのでここも視察することにしたのだ。
「これはこれは王妃様。お会いできて光栄に思います」
「私もよ。王家に花を納めるために毎日栽培しているそうじゃない。随分とお世話になってるわ」
温室内には様々な花が
温室自体に目を向けると、屋根にはガラスが使われ光が存分に入るようになっている。
加えて温室内には何本ものパイプや地面に置かれた配管があってそこを熱い温泉の湯が通り、それで部屋全体が温められ寒い冬でも温度を維持できるため、真冬でも春に咲く花を栽培できるのだそうだ。
「デニスさんってばこんないい施設を作るなんて凄いじゃない。惚れ直しちゃったかも」
「そうか。そう思ってくれると嬉しいな」
「それにしても珍しいわねぇ。デニスさんがこんなの作ってる所なかなか考えにくいんだけど。本当にデニスさん発案なんですか?」
彼女からの質問にデニスの顔が急に曇る。なぜか分からないけど「落ち着かない」様子だった。
「……すいません見栄を張りました。実はこれはオババ様が2年前に発案した物なんだ。俺はカネを出しただけで礼なら俺じゃなくてオババ様に言ってくれ」
「えー? ウソついちゃったの?」
「しょうがねえだろ。男なら『惚れ直した』なんて言われたらどうしても調子に乗っちまうもんだよ。悪かったよ」
「まぁデニスさんがそういうのなら許してあげるわ。それにしてもオババ様ってそういう所もあるのね」
「ああ。昔はアランドルの城の中庭を手入れしてたから、結構花が好きだったんだな。温室作って年中花が楽しめるように、ってのはよく考えたもんだよ」
オババ様は年老いたとはいえ女。花が好きなのも納得いく話だ。
2か所の視察を終えるとすでに夕方。デニスとカレンは滞在先のホテルへと戻っていった。
「おかえりなさい兄様、姉様。それにしても着いてからいきなり仕事で僕の事ほっぽりだすなんて酷いですよ。まぁブラック・ジャックやババ抜きで遊んで時間潰しましたけど」
帰ってくるとすっかりむくれたロロムが出迎えてきた。
「悪かったよロロム。明日は1日中ヒマだから好きなだけ遊んでやるから。そうだ、3人で劇場行こうか?」
「じゃあそれで」
「あ、デニスさんにロロム君。それが終わったら美人の湯に入りたいんだけどいいかな?」
カレンの目当ては「美人の湯」浸かれば肌がすべすべになると噂の魅惑の湯。日常的に利用している現地の女性は、みな王族もうらやむほど美しい肌なのだとか。
……もちろん宣伝目当ての誇張はあるだろうが魅力的なのは確かだ。
明日の予定は決まったが、その日は災難に遭う事をまだ知らない。
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