第37話 山の町ボルテア
真夏の暑さが辺りを包む8月の初旬。アランドル王家専用の馬車に乗り、デニス、カレン、ロロムの3人は登り坂になる街道を進んでいた。
他にも旅行中の服や、王族の身の回りの世話をするスタッフや警備兵を乗せた馬車も一緒だ。
「ねぇ。あとどれくらいしたら着くの?」
「ロロム様。あと30分もすれば市街地に入れますよ」
「ふーん。そうか」
馬車に揺られて3時間もすれば、5歳かそこらの子供なら代り映えしない光景に嫌気がさすのも仕方のない事だ。
アランドル王家の者たちが従者をつけて
「温泉かぁ。エドワード王国には温泉地なんてなかったからどういう物か一度触れてみたかったのよねぇ」
版画で刷られたパンフレットである小冊子を片手に持ったカレンの言う「山の町ボルテア」そこが3人の目的地だった。
山の町ボルテア。
昔から温泉が湧く土地で、古くから
5年前に戦争でアランドル王国に編入されてからは資金を注入され、温泉を主軸とした観光地として急速に発達している。
昔は静かな場所だったが、今では街道も整備され馬車や物資それに人の往来が飛躍的に多くなり、それに伴い宿の数が急速に増えて人が集まり雑踏も絶えない、
アランドル王国の中でも指折りの
「うわぁ、この町も活気がありますねぇ。エドワード王国一の繁華街でもここまで賑やかじゃないですよ」
「昔はもっと静かな場所だったそうだが、観光地として成長させたんだ。今では民への娯楽や、国の収入で貢献している大事な場所さ」
「それにしてもロロム君、さっきからずっと不機嫌なんだけど」
温泉地特有の湯気の群れと独特な臭いで無事たどり着いて気分が上がるデニスとカレンだったが、その一方でロロムは不満げだ。
王都を発ってからずっとこの調子でむくれており、調子が直ることは無かった。
「えーだって温泉地ってことは、お風呂しかない場所なんでしょ? お風呂だらけの場所なんて行っても面白くないし、それに臭いの嫌だもん。劇場で演劇見てた方がいい」
温泉地は5歳の少年からしたら「お風呂だらけで退屈な上に
「まぁ確かに硫黄臭いってのはあるだろうな。お前も成長したらこの臭いがいいなって思えるようになるぞ」
「兄様ったら子ども扱いしないで欲しいなぁ」
「何だぁ? ロロム、もう反抗期が来たのか? 悔しかったら俺を超えるくらいに立派に成長するんだな。まぁ年なんて誰がどう努力しても1年に1歳しかとれねえけどな」
「はいはーい、わかりました」
ロロムは文句を垂れてへそを曲げてしまった
「もう、デニスさんもロロム君も仲良くしてよね。せっかくの家族旅行なんだし、良い思い出つくりましょうよ」
やれやれ、これではせっかくの旅行も台無しだ。カレンは何とかなだめようとするが効き目は薄い。
「陛下、王妃様、それにロロム様。此度はお越しいただき誠にありがとうございます」
町の滞在中、世話になるホテルのスタッフが出迎える。最上階に作られた最高グレードの部屋に着いて荷物を置き、スタッフを待機させるとようやく一息がつけた。
滞在中に使う外交用のドレスにそれよりはいくぶん簡素な普段着、それを着せるメイドたちにもしものための警備担当の兵士。これでも人数や物を絞ったくらいだがそれでも結構な規模になってしまった。
部屋に着いた時にはカレンの持っている懐中時計が正確ならお昼近くなのだが……。
「カレン、長旅の直後ですまないが早速領主に会いに行くぞ」
「分かりました。ご一緒いたしますよ」
ほんの少しだけ休憩した後、2人はそろってこの町一帯を取り仕切る領主に会うために、彼の住む館へと向かう。
実際にはデニス寄りなのだがあくまで公的な立ち位置としては中立を宣言しており、彼をもっと明確に味方に引き込めるように働きかけるつもりだ。
「兄様と姉様はお仕事?」
「ああそうだ。しばらく時間がかかるから先に昼めし食って遊んでてくれ。明日は俺もカレンも暇になるから相手してやるぞ」
「……はーい」
お風呂だらけの退屈な場所で1人で遊んでろだなんて、よくそんなひどい事が言えるな。ロロムは不満げだった。
とはいえ、英才教育を受けているのか王族の血が成せる業なのか5歳児としてはかなり知恵が回る方に入る彼は、こういう時のために隠し持っていたトランプを取り出した。
「ねぇねぇ、トランプで遊ばない?」
「はいはい分かりました。お相手いたしますよ」
カレンの世話をするメイドを捕まえてトランプ遊びで暇をつぶすことにした。
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