第20話 嫁あるいはお姉様の取り合い
昼頃、カレンが中庭でくつろいでいる時の事だった。午前の授業が終わったロロムが休憩時間にカレンと過ごすためにやってきたのだ。
「そういえば姉様、そのリボンずいぶん派手で手が込んでますよね。虹色だなんて」
ロロムがカレンの髪の先に結んであるリボンを指さして言う。銀色の髪に虹色のリボンとはずいぶんと目だつ。
「ああ、これ? これはお父様が言うには私の本当のお母さんから送られた品物なんだって。ここに来てからはいつもつけてるようにしてるの」
「へぇ。お母さんからの品ですか。いいなぁ、僕にはそういうのはなかったからなー」
ロロムはカレンとお話ししている傍ら、スキがあれば抱き着いたりカレンの体を触ったりとスキンシップに余念がない。
カレンはそれを特に気にしてはいなかったが、それを快く思っていない者もいた。
「ロロム、くっつきすぎだ。少し離れないとカレンが暑苦しいだろ」
いつの間にかやってきた、アレクを連れていたデニスがやや不機嫌な顔をしながらロロムにくぎを刺す。
「いいじゃないですか。僕は姉様と早く仲良くなりたいしー」
ロロムが珍しく兄に反論し、それでデニスの顔は曇る。ある意味「平和的な不穏」を見てデニスの連れがクククと笑い出す。
「アレク、何がおかしい?」
「デニス様、まさかとは思いますけど5歳児の弟に
「!! バ、バカ言え!」
「ハハハッ。その態度だと図星でしょうな。
まぁそれは分かりますよ。俺も結婚したのは良いけど女房が子育てを始めてからずっと子供にかかりっきりで、気づいたら「妻」から「母親」になってたからなぁ」
「チッ。やっぱりお前にはわかるんだな」
「そりゃあデニス様と俺との付き合いは昨日今日に始まった話じゃないですよね? それくらいわかりますとも」
2人は上下関係はあるにせよ「気の合う友人」のように話をしていた。2年以上も付き合いがあればそれくらいは分かるのか。
「そういえばアレクさんって何のお仕事をしてるんですか? 見た限りでは何か軍人っぽいなとは思うのですが」
「アレクは軍の中でも主力の第1大隊の隊長をやってるんだ。戦場では俺の大事な相棒さ。これから会議を開いて軍の方針を話し合うことになってるから、じゃあな」
そう言ってアレクとデニスは会議室に行こうとするが、デニスは振り返り……。
「ロロム、カレンは俺の嫁だぞ、お前にとっては姉様止まりなんだぞ。覚えとけよ」
「はーいわかりました兄様」
弟相手に鋭い眼光でけん制するもその当事者はどこ吹く風、という表情だった。5歳にしては妙にませている。
ロロムは兄が差してきたクギを無視して午後の授業が始まるまでカレンとおしゃべりをして過ごした。
夕食や入浴を終え、あとは寝るだけとなった時間。ロロムは先にベッドで寝ているところ、デニスと2人きりになったカレンは話を切り出す。
「デニスさん。お昼の事ですけど、私はデニスさんの物ですから他人の物になる事はありませんからご安心ください」
「……俺の事、嫌いになったか? 義理とはいえまだ子供な弟に嫉妬してるところなんて見たくなかっただろ? カッコ悪かっただろ?」
「気持ちはわかりますよ。そりゃ少しは大人げない、っていうのは確かにありますけど」
「あーあ。やっぱりそう思われるだろうなぁ」
沈みかけの太陽に照らされたデニスの顔は、複雑な表情をしていた。弟への嫉妬を何とか隠そうとしたぎこちない物であった。
「
私を男の人が取り合ってる、なんて恋愛小説や吟遊詩人の
「……本当に、そう思ってるのか? 疑り深いけど」
「デニスさんは心が読めないから不安に思うかもしれませんけど、心配しないで。私はよほどのことが無い限りウソはつかないようにしてますから」
「そうか……そうなのか……そう言えばカレン、お前妙に嬉しそうにしてるよな」
恋愛小説や吟遊詩人の
「魔女姫」なんて呼ばれていたエドワード王国にいた頃は、おおよそまともな恋愛なんてとてもじゃないが出来なかったはずだ。ましてや複数の男から言い寄られることなど、夢のまた夢だろう。
「分かったよ。カレン、お前を信じる。まぁ将来の嫁を疑うような真似しちゃ夫としてもどうかと思うし」
「そう。デニスさんっていい人ね」
「悪党にならないように、いつも気をつけているんでね。話ってのはこれだけか?」
「ええそうよ。まぁデニスさんらしくて良かった。じゃあお休みなさい」
「ああ、また明日な」
もうすぐ日没。夜になったら多くの者が眠りにつく時で、それは王族も変わりない。ロロムに続いて、デニスとカレンも眠りについた。
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