第17話 新しいお召し物

「カレン様、ご注文のお召し物が完成いたしました。お納めください」


 前に採寸を測ったうえでオーダーしたドレスが完成して納品、それもアランドル国内でも最高峰の高級衣装店の店主が自ら城までおもむいての事だ。




 服というのはとんでもなく高い。そもそも布自体が人の手で織機おりきを使わないと作れないため人件費がかかりまくりで高い。

 服はその布をさらに加工して作るとなるのでその値段はさらにうなぎ登りだ。そのため服は平民はもちろんの事、王侯貴族も先祖代々継がれたものを使っており、よほどボロボロにならない限り使い続けるものだ。

 新品の服が買える、というのはそれだけでかなりの贅沢なのだ。




 カレンは荷物を受け取り、中身を開封するとこれからの季節に備えてなのか夏用のドレスが出てきた。手足の部分は透けるくらい程薄手で涼しさをイメージした衣装になっていて、足の部分はヒザが少し見える程度の恥じらいを知ったものだった。


「緑色のドレスですか。この色は結構あるんですけどこういう意匠は初めてで新鮮味がありますね」


「そうおっしゃっていただき幸いです」



 他所よそでは緑色の染料というのは混色させないといけないので作るのが難しい割には「オオカミや山賊の住処すみか」である森をイメージさせるため人気のない不遇ふぐうな色だった。

 だがアランドル王家にとっては代々の王族の髪の色として非常に高い評価を得ており、今ではカレンの物になっているデニスの義理の母親や姉が昔使っていたドレスの半数近くは緑色で染められているという。




 衣装店の店主を下がらせると、カレンはデニスに礼を言う。


「デニスさん。こんなキレイな新品のドレスを買ってくれてありがとうございます。こんな服今まで買ってもらったことがなかったから私なんかが着てもいいか今でも迷うんですけど」


「カレン、迷う必要なんてないぞ。そのドレスはお前のためにわれたんだからお前が着るのは当然の事だろ。自分を卑下ひげしたって、いい事ないぞ」


「……? あの、私今さっき自分を卑下したんですか?」


「……カレン、お前気づいてないのか?」


 彼女の様子がおかしい、正確に言えば彼女が様子がおかしいことに気づいていないからこそおかしい事にデニスは気づく。




「まぁ俺も昔はカレン、お前と同類だったから分かるんだが今はもう安全な場所にいるんだ。だから「自分なんか」とか「自分なんて」っていう言葉はもう使わなくていいんだぞ」


「私、そんな言葉使ってましたっけ?」


 カレンには本当に自覚がないらしい。



 自分を卑下するのがあまりにも普通になりすぎてしまって当たり前のように自分を卑下する……主に家庭内暴力を受けて育った自己肯定感が皆無な人間特有のものだ。

 自分というのはどうしようもないクズで、生きていることそれ自体が周りの人間に大迷惑で、奴隷にすら劣る最低最悪の存在。というのを叩きこまれて育った者の特徴だ。

 そんなことになっていることに自分自身でさえ気づかないようだ。




「使ってるさ。気づいてないだけだ」


「!! ご、ごめんなさ……」


「別に謝ってくれって言った覚えはないぞ?」


「……デニスさん。そんなんじゃ私、何も言えなくなっちゃう」


「……」


 本気で戸惑っているカレンを見てデニスは昔を思い出した。




◇◇◇




 まだデニスが7歳前後の子供だった頃。彼は義理の父親であるリリックから虐待されているのをオババが目撃していた。


「リリック! お前また理由もなしにデニスに暴力を振るったのかい!?」


「オババ! ほんの少し教育しただけだ! 暴力なんてふるっていない!」


「子供を思いっきり蹴とばすのが教育なわけあるかい!」


「オババ、俺はこの国の王なんだぞ? 人間一人抹殺することなどわけない事だというのを分かっているんだろうな?」


「ほう。このオババを消そうってのかい? それがバレたらお前はどうなっちまうんだろうねぇ?」


「クッ……このクソッタレのクソババァめ! テメェはいつかぶっ殺してやるからな!」


 王家に60年以上仕えた「アランドルのオババ」のコネや影響力は絶大で、国王相手でさえ真正面からぶつかれるほどの物だった。

 アランドル国王リリックは憎悪に満ちた捨て台詞をはいて去っていった。




「オババ様ごめんなさい。ボクが……」


「デニス。お前は謝らなくてはいけない事なんて何一つしていないよ。だから堂々としてればいいんだよ。謝る必要が無ければ謝らなくてもいいんだよ。何でもかんでも謝ればいいってわけじゃないんだからね」


 いつものように、オババはデニスの頭をシワだらけの手で優しくなでる。


「でもお父さんを怒らせたのはボクが悪いから……」


「ホラまた謝った。デニス、お前は悪い事をしたのかい? してないだろ? だったらごめんなさいなんて言わないことだね」


「オババ様、でもボクは……」


「「でも」とか「だって」はあまり使わない方がいい。その言葉は本当に使わなくてはいけない時に、とっておきなさい。いいね」


「……うん」




◇◇◇




「カレン、お前は悪い事なんてしてないだろ? だったらごめんなさい、とか言うもんじゃない。

 実家にいた頃家族にいびられ続けていたのは分かってるけどもうそれは終わったことなんだ。もっと堂々としてていいんだよ。お前の感覚で言えば「ふてぶてしい」くらいで、ちょうどいいんだ。

 俺はそれに気づくまで随分遠回りしちまったからカレン、お前はそんな気苦労背負わなくてもいい」


 デニスは昔、オババにしてもらったことを思い出し、今度は自分が誰かを助ける番だとカレンを説得する。


「そうですか……あまり実感がわかないんですけど」


「まぁ小さいころのクセって奴はなかなか抜けないから仕方ないな。俺もそうだったし。

 カレン、これだけは言っておくがお前はここに来てから悪いこともしてないし、謝らなくてはいけない事なんて1つもやってないからな。それだけは本当だぞ」


「そ、そうですか……わかりました。あ、服をしまわなきゃ」


 カレンはちょっとした「違和感」を抱えながらもその場を後にした。

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