第16話 オババ様

 アランドル家王族の食事の場……デニスは表向きには一応養子としてアランドル家の王族として迎え入れられていたが、人間として認められていなかった。

 その証拠に、硬いパンと冷めたスープの器が「床に直置き」で出された。しかも「手を使って食べるのは人間のすることだ」と散々いびられていたのもあってデニスは四つん這いのまま食べ始めた。


「こらリリック! 血縁は無いと言っても仮にもこの子の親なんだろ!? これじゃまるで犬猫同然じゃないか!」


 それを見かねた髪もすっかり白くなり肌もしわがれた老婆から、リリックと呼ばれた若草色の髪をした30代半ばのまだまだ若き王は説教を受けていた。




「『コレ』は人間じゃない。人間の形をしていて言葉をしゃべるが兵器だ。人間扱いしてはいけない存在だ」


「ほほぉ、一国の王が義理とは言え息子をモノ扱いか、大したもんだねぇ。ソレが国内外に知れ渡ったらお前さんの立場はどうなっちまうんだろうねぇ?」


「!! オババ! 脅しているつもりか!?」


「脅す? こんなの脅しのうちに入らんよ。ただ子供を人間扱いしない悪い坊やに当然のことをしているだけさ」


「クソッ! オイ! イスとテーブルと食器を用意しろ、今すぐだ!」


「よしよし、いい子だねぇ」


 オババと呼ばれた老婆はメイドにイスとテーブルと食器を用意させるという、おおむね自分の思い通りに動いてくれる国王を褒めた。




「デニスや、お前は必ず大成する。星占いでもカード占いでもそう強く出てる。どんなことがあってもめげちゃダメだよ」


「オババ様……」


「大丈夫だよデニス。お前の親はやれないけどできる限り面倒は見てやるから。だからつらいことがあっても負けるんじゃないよ」


 まだ幼いものの過酷な立場にいたデニスをオババ様と呼ばれている老婆はまるで実の孫に接しているかのような慈愛を持ってデニスにそう語る。

 彼女のしわがれた手で頭をでられるのは今のデニスも忘れてはいなかった。




(あと1ヶ月で挙式か……)


 カレンはカレンダーを見て日にちを確認する。今は5月1日。暦の上ではあと1ヶ月になるとやってくる夏になる時期と同時に結婚式が行われる。

 デニスやロロムといったアランドル王家の人間とは仲良くやっているが、本当に結婚するとなると不安だ。

 それでも腹は減る。朝食をとるために食堂に行くがデニスの姿がない。


「あれ? デニスさんはどこに行ってるんですか? まさか寝坊してるとか……はないよね?」


「姉様、兄様だったら多分「オババ様」の墓参りをしていると思いますよ。毎月初めに必ず通っているそうですから」


「ふーん、お墓参りねぇ。ロロム君、案内できる?」


「わかりました。ついてきてください」




 デニスとアレクは城下町郊外にある墓地にいた。


「オババ様が亡くなってもう1年になるのか……」


「そうですな。オババ様……俺にとっては「恩師の恩師」だから感謝するしかないですな」


「デニスさん、こんなところにいたんだ」




 カレンが「デニスは墓場にいる」と聞いて、ロロムの案内の下にやってきたのだ。


「確かオババ様、っていうお方ですよね?」


「ああそうだ、ロロムから聞いたんだな。オババ様は俺の命の恩人だから毎月初めに必ず墓参りをしてるんだ」


「命の恩人……?」


 命の恩人、なんていう位だからどんな人物なんだろう。とカレンは興味を抱く。デニスはそれに応えるように語りだした。




「ああ。オババ様って呼ばれていた60年以上アランドル王家に仕え続けてきた、影の支配者とも言われた人さ。

 村で言う長老的な存在で、国王ですら無視できないほどの影響力を持っていて、それで俺を守ってくれたんだ。

 この人がいなければ俺はもっと早く死んでいたと思う。本物の命の恩人ってところだな。1年前に春風邪はるかぜをこじらせてポックリ逝っちまったのがいまでも惜しいくらいだよ」


「そうなんですか……ところでアレクさんも何かオババ様に良くしてくださったんですか?」


「オババ様からは直接恩を受けたことはありませんが、俺にとってはデニス様は命の恩人なんで「恩人の恩人」なので墓参りしてるんですよ。

 今からですとちょうど2年と、半年くらい前ですかな。他所の国で剣闘奴隷として暮らしていたところをデニス様に拾われたんですよ。

 もしデニス様に会えなければ、こうして生きてはいなかったでしょうな」


 アレクはそうカレンに分かりやすく述べる。




「ま、こうして俺の恩人に墓参りしてくれる以上、優秀な部下だろうな」


「どうしたんですか? 急に「優秀な部下」だなんて言い出して。変な物でも食ってはいないでしょうね?」


「ハハッ、よく言うぜ」


 敬語こそ崩してはいないが、かなり砕けた感じで親しみのある口調でお互いを言い合っている以上、仕事以上の仲なのだろう。




「命の恩人、か。デニスさんも酷い環境で育ったとお聞きしてますけど、まっすぐに育ったのはそういう人もいたからなんですね」


「まぁな……」


 その後何か言おうとした瞬間……




ぐごぎゅるるる……




 デニスの腹が鳴った。


「プッ……」


「こ、こんなタイミングで鳴るの?」


 デニス以外はその間抜けぶりに苦笑いだ。


「ハァーア。間抜けなところを見せちまったなぁ。まぁいい、朝食はまだだったから戻るぞ」


 一行は城へと戻っていった。

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