第10話 恋をしたことが無い

「……」


 アランドル王家に越してきて数日が経ち、デニスが討伐したというクマ肉を昼に食べた日の夜。

 かなり刺激的な日々が続いたため頭の中から外れていたが、カレンは改めて冷静になって考えてみるとこれからの生活をするうえで大事なものが欠けているのに気付いた。


「そういえば私、恋をしたことが無い。恋が何なのか、よくわからない。大丈夫かな、私」




 実家のエドワード王国にいた頃は彼女の「心を読む能力」を誰もが恐れ、近寄ろうともしなかった。当然男も例外ではなく彼女の能力を知った上でお近づきになりたい者など皆無。

 なので友人と呼べる人物は誰1人おらず、ましてやまともな恋愛をしたことなど1回たりともない。彼女は恋が何なのかも知らずにとついできたようなものだった。


 12歳という年齢なら色恋ごとにうとい子だったら、まだ分からないというのもあり得るだろう。

 それを差し引きしても異性に対し「何かしらの特別な感情」を抱いた経験は、びっくりするほど無かった。




『王族たるもの女は王家のために身を捧げよ。国を守るために好きでもない男に抱かれるのを良しとせよ』


 王族に産まれた娘は国のための外交を強化あるいは締結するために嫁ぎに行くもの。そう言われて育ってきたので、好きでもない男の下に行くことに嫌悪感は持っていなかった。

 そりゃ王侯貴族の淑女しゅくじょの間で騎士物語が流行るのも納得する。恋することなく親や家の事情で結婚するとなれば、その手の恋愛小説が受けるのも無理のない話である。


「そのうちデニスさんと私の間に子供が産まれる事になるのかなぁ……今一つ実感がわかないや」


 王妃たるもの王妃として王を支える仕事が待っているが、その中でも最も大きい仕事は世継ぎを産むことだろう。それもこの胸も身体も貧相なもので出来るだろうか。正直言って、不安だ。


 とはいえ、自分の力ではどうしようもない悩みや不安を抱えてもいいことはない。明日に回そうと無理やり寝ることにした。




 翌朝、カレンはいつものように着替えをメイドに手伝ってもらう、その最中の事だ。 


「カレン様。浮かない顔をしておられるように見えますが何かお悩みでもございますか?」


「!! 鋭いところ突くわね。何でわかるの?」


「何度もカレン様のおそばで仕えさせていれば、それくらいの事はなんとなくですが分かります。

 私でよろしければぜひともお力になりたいので、もし差し支えなければ詳しい事情をお話しいただけないでしょうか?」


「んー……わかったわ、話すね」


 カレンは正直に包み隠さず話しはじめた。




「私、実家じゃ『魔女姫』なんて言われてたから、男の人とお付き合いしたことなんて1度もなかったの。だから恋っていうのがどういう物なのか分からないのよね」


 カレンの話は続く。


「だから正直、デニスさんの事を本当に好きになれるのか自信が無くて、もしかしたら嫌いになっちゃうかもしれない。

 実家ではお父様とお母様の仲は完全に冷え切っていて、目と目があえば口ケンカしていたから私もああなるのかな、っていうのが不安で……。

 それに私、将来はデニスさんの子供を産むことになるんだけど、こんな身体じゃ……っていうのも気になるの」


 彼女の悩みについてメイドは手は休めることはなかったが口をはさむことなく、うなづいてはいたが傾聴していた。話が終わって少し、メイドは口を開いた。


「内容は庶民とは違えど、王族も悩みはあるものなんですね」


「本当にそう思ってる?」


「もちろんですとも」


(「はい」か。本当にそう思ってるのね)


「かなり優しく受け止めてくれるのね。実家だったら「ぜいたくな悩みを持つな!」とバッサリ切り捨てられるところだったわ」


「そうですか。カレン様はご家族と不仲だったとは聞いていますが想像以上ですね。さぞやお辛い経験をなされたようですね」


「エドワードの魔女姫」なんていう不名誉なあだ名がつく位で、しかもそれを良しとするんだから相当嫌われているのではとメイドは思っていたが、それが的中した形だ。




「デニス様はいい君主ですよ。城仕え限定ですけど風邪をひいたら見舞い金って言って少ない額でしたけどお金をくれましたからね。

 それに統治も上手くいってますから名君だとは思います。いい人ですからすぐれると思いますよ。

 カレン様はまだ12歳でしたよね? 奥手だったら色恋ごとはまだまだでしょうから気にする必要はございませんよ」


「そ、そうなんだ」


「それに世継ぎの話ですけど、まだ身体が出来てはいないでしょうから今すぐ産め。と無理強いすることはしないと思いますよ。

 無理して産ませようとしたら子供が産まれたはいいけど母親が死んでしまう、なんていう事は起こりえますし。あ、脅しているわけではございませんよ。

 だから結婚してから数年たてば『この人と結婚する事になってよかった』っていういい関係になれると思いますよ。未婚の私が言っても説得力がこれっぽちも無いかもしれませんが」


「……それ、本当の話ですか?」


「もちろんですとも。嘘偽りのない事ですよ」




 カレンは心を読んでみるが……。


(「はい」か。嘘、つかないんだ)


 メイドは本心で言っているようだ。


「ありがとう。話したら少しは気が楽になったわ」


「そうですか、カレン様のお役に立てて私としても嬉しい限りですね。また何かありましたら遠慮なくお申し付けください」


 そう言って彼女はカレンの部屋に来た時の作業である着替えに専念する。今日は青を基調とした爽やかさのあるドレスだ。もちろんとても決まっている。




「いつも思うんだけど……私って、こんなにキレイだったの知らなかったなぁ。あ、ナルシストってわけじゃないわよ」


「服装が違えば見た目の印象は大きく変わりますからねぇ。ご実家ではこのようなドレスはおしにならなかったのですか?」


「うん。平民が着るような地味な服ばかりだったから……じゃあ行ってくるね。今日はデニスさんとお店で昼食をとるんだって」


「そうですか。行ってらっしゃいませ」


 メイドはカレンを送り出した。何もなければいいのだが……と思いつつ。特にデニスを守っていた「アランドルのオババ」が死んだ1年前からは反デニス派の動きが活発なので、なおさら気になっていた。

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