第8話 正義を信じすぎる人

(あれ? デニスさんまだ来てないの?)


 昼食の時刻になっても食堂にデニスの姿が無い。普段は食事の時間になると必ずいたのに。


(仕事でも長引いていいるのかしら)


 デニスの姿を探してカレンは城内をうろうろすると、王の間で彼の姿を見つけることができた。だが……。


「!? デニスさん!?」


 カレンは見た。手足を縛られ、ひざまずかせる格好になっていた男の顔面をデニスが思いっきり蹴飛ばし、さらには足のつま先や指の先を踏みつけていた光景を。




「デニスさん! 何をやってるんですか!?」


 衝撃的な事をしている将来の夫を見て「ただ事ではない」と思いながらも駆け寄り、事の真相を本人から聞くことにした。


「こいつは……こいつは城に仕えていた使用人を殺したんだ。俺に心を開いてくれている、ただそれだけの理由でな。俺の存在自体が気に入らない連中がやったんだ」


 カレンの知っている普段のデニスからは想像もできない程の殺意に満ちた顔だ。使用人を殺されたことが本当に憎いのだろう。




「これはこれはカレン様、あなたもたまにはコイツを叱ってくださいよ。

 何の罪も犯していない一般市民を拘束して虐待する上に、無実の罪を着せる大噓つきと来た。こんなことをやめさせようとは思わないんですか?」


「……それ、本当の事?」


「もちろんですとも」


(「いいえ」ね)


 カレンは自らの能力で嘘を瞬時に見破る。手足を縛られデニスに蹴とばされた男はどうやら「悪い意味で」訳ありのようだ。




「あなたは嘘をついてますね。本当はデニスさんの言う通り城仕えの使用人を殺したんですね?」


「ケッ、やっぱりバレるんだな。じゃあ言ってやる。呪殺能力の持つ王に心を読む「エドワード王国の魔女姫」か。嫌われ者同士でお似合いだぜ」


(「はい」ね)


 カレンの能力の前では嘘をつけないと分かったのか、開き直って本音のかたまりをぶつける。




「何度でも言ってやるよ『ザマアミロ』ってな。呪殺王じゅさつおう、テメェを支持する人間がくたばるのは実に痛快だよ。腹の底からスカッとするぜ」


「人を殺しておいて「痛快」とは何だ!? 何の罪のない人間の命を奪っておいて『ザマアミロ』だと!?」


「ハッ、けがれてるんだよ要は。呪殺王、テメェはけがれてるからその関係者も全員けがれてる。けがれている奴は死んだとしても自業自得だ! 自己責任ってやつだぜ?」


「けがれてるだと!? 自己責任だと!? 何だその言い方は!」


「だってそうじゃないか! 呪いを使いこなせる力なんてけがれてる! そのけがれた奴に関わってる連中も全員けがれてる! けがれた奴らが不幸に遭うのは当然の報いだ!

 神様ってお方は公平で罰すべき人間にはきちんと罰を与えてくださる! 今回の件もそういう事だ!」


「……もういい。ギロチン台へと連れていけ」


 デニスは男を押さえつけていた兵にギロチン台へと連行するよう指示した。




「デニスさん、今のは……」


「ああ。城仕えを1人殺した男だよ。殺されたのは1ヶ月前に雇われたばかりだった14歳の青年で、まだまだ先があったはずなのに……ひどい話だよ。

 俺の事を嫌いな人間はあまりにも正義を、もっと言えば「勧善懲悪かんぜんちょうあく」って奴を『信じすぎて』いる。

 俺という「存在自体が許されない巨大な悪」に対し正義の鉄槌を叩きこまれるのを見て本気で喜んでやがる。あいつも人が死んでるのに「痛快」とか言ってたからな。

 大した奴だよ。人を、それも何の罪も犯していない無罪な人間を、自分勝手な主義主張の違いだけで簡単に殺せるだなんてよ」


 デニスの話は続く。




「「悪い奴には天罰が落ちて当然だし、むしろ落ちない方がおかしい。同時に俺は善人として模範的な生活を送っているから良い事がやって来るはずだ」って本気で思ってやがる。

 俺の事をおとぎ話で出てくる魔王と同じくらい、存在すること自体が悪であり何が何でも絶対に滅ぼされなければならない。とでも思ってるんだろうな。

 これで城仕えが殺されるのは2年連続だ。嫌な記録ができちまったな」


 そこまで言い切って彼はハアッ、と大きなため息をつく。呪いの力を持つデニスと言えど、周りの人間の中で死人が出るとなるとさすがに戸惑いを隠しきることはできない。




「何も悪い事をしていないのに自分が、自分の周りの人間が不幸になるのが耐えられない。自分の不幸には必ず何かしらの理由があるはずだ。いや無い方がおかしい。

 って思う連中には「呪殺王」っていうのはこれ以上ない位の便利で都合のいい「はけ口」なんだ。要は「魔女狩り」だよ。いや「呪殺王狩り」といったところか?

 自分の不幸を誰かのせいにしないと色々と崩壊しちまうんだろうな。で、その『誰か』ってのがああいう連中にとっては俺なんだ」


「……デニスさん。あなたもしかして「嫌われている」のに慣れちゃって感覚がマヒしていませんか?」


「……かもな」


(「はい」か)


 カレンも「嫌われていることには慣れている」とは思っていたが、デニスにはかなわない。

 彼はさらに話を続ける。




「3年前に即位した時から今でも「お前が死んで王位をロロムが継げばすべては丸く収まるんだ」っていう声もガンガン届いてる。

 城の前で俺の葬式を想定している、喪服を着た連中をねり歩かせる嫌がらせもあったし、カミソリの刃が入った手紙も送られたよ。

 嫌いな人間に対して行われる嫌がらせは大抵のものは全部やられたんじゃないのか?」


「……あの、そこまでして王をやる理由っていったい何なんですか?」


 カレンはデニスの語る膨大な嫌がらせに負けず、なぜそこまでして彼は王をやっているのか気になって尋ねる。




「ロロムだよ。もし俺が今、王の座を引いたら後見人こうけんにん争いで派手な殺し合いが行われるのは目に見えている。それに、自分の欲望のためにまだ何もわからない小さい子供を利用する連中が許せないんだ。

 ロロムはまだ5歳だぜ? 政治に関しては何もわからない子供を、ただ王族の血を引いているってだけで自分だけの権力のために使うのが俺には我慢できん。

 何としてもロロムが成人して自分の判断で国を動かせるようになるまで王をやるつもりだ」


 そこまで言って話は終わった。何があろうとロロムを守る、という強くて固い意志があった。義理とはいえ家族である弟を守る兄がカレンの目の前にいた。


「デニスさん。私もできる範囲でデニスさんやロロム君を守りますからね」


「そうだな。いざと言うときはお前に頼るかもしれない。もちろんできる限り手を汚させる真似はしないけどな」


 デニスは彼女の申し出に少しだけ顔が緩んだ。




「人間って奴は簡単に死んじまう。くだものナイフで刺されても死ぬし、ハンマーで殴られても死ぬし、首を絞めても死ぬ。もちろん俺の呪術でも簡単に死んじまう。

 そして死んだ人間はどんな手を使ってでも生き返らせることはできない。だから命ってのは大事なんだ。それを踏みにじるやつは、俺は大嫌いだ」


「デニスさんは呪殺の力を持っているそうですけど、随分と命を大切にするんですね」


「まあな。特に俺は人間一人簡単に殺せる力を持ってるからなおさらそうだな。っと、もうこんな時間か。メシにしようぜ」


 デニスとカレンは2人仲良く廊下を歩いて行った。

 正直「呪殺王」なんていうあだ名があるのに人の命を随分大切にする人だ。という思わぬ収穫があったのか、カレンは普段以上に上機嫌だったという。

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