第5話 王族らしい生活の始まり

 カレンがアランドル王城に来た日から1夜開けた翌朝。太陽が昇ると共にデニスは目を覚ました。


(……そういえば彼女はどうしてるんだろう)


 昨日初めて会った婚約相手、カレンが気になったのか朝食前に寄ってみることにした。

 ここに来てから彼女にとっては初めてとなる食事、特に牛肉のステーキを食べていた時を思い出していた。

 平民ならともかく王族なんだから肉はそんなに珍しいものではないのに……そこが引っかかる。




 デニスはカレンの寝室へと行くと、彼女はまだすうすうと寝息を立てて眠っていた。彼は将来の妻の身体を見るために毛布をそっとめくる。

 やせている、というよりは「やつれている」といった方が正しい弱々しい身体だ。よく見たら腕もか細く、力を入れたら「ぽきり」と折れてしまいそうな程。

 それに、ほほも明らかにこけているように見える。12歳という年齢を考えても胸も貧相だ。


「……」


 やせ衰えた貧民のような体つきで、あまり良いものを食べずに育った事を思わせるものだ。明らかに王族の身体とは言えない。


(少しは栄養をつけさせないとな……こんな身体じゃ出産には耐えきれんだろうな。彼女は12歳だって聞いてるからギリギリ間に合うだろうか?)

 デニスはカレンが彼女の持つ特異な能力から「魔女姫」と呼ばれ気味悪がられているのは知っている。という事は……食事を抜くなどの嫌がらせを受けていたのでは? 不安は膨らむ。


 デニスはカレンの身体を気遣いながらそう思い、そっと口づけをした。と同時に彼女が目を覚ます。




「!? デ、デニスさん!?」


「ハハッ、おはようカレン。王子様のキスで無事お姫様は眠りから目覚める事が出来ました。って奴だな」


「ちょっと! 辞めてくださいよそんなこと!」


 カレンは心臓がバクバクと音を立てているのを感じながらも、大胆なことをやる将来の夫に文句を言う。


「そうか、嫌なことだったか?」


「嫌……じゃないけど」


 


 時間がたって落ち着いたカレンは見慣れない部屋の光景、さらにはデニスに違和感を感じていたが、すぐに頭がさえてきて自分の状況を理解できた。


(ああそうか……本当にアランドル家に嫁いだんだっけ)


 そういえばそうだった、アランドル王家に越してきたんだっけ。彼女は思い出した。


「カレン様、お召し物を寝間着から替えさせてもらいますね」


「わかったわ」


 朝になりカレンのお召し物、要は服を着替えるためにメイドは彼女の着替えを手伝いに来た。もちろんデニスは部屋を追い出される。




「それにしてもメイドの手で着替えさせられるなんて初めてだなぁ。まるで着せ替え人形になった気分」


「? カレン様、こういうのは初めてなんですか?」


「ええ。服は全部自分で着てたわ。自力で服を着替えるなんて珍しい事なの? 私としては普通の事なんだけど……」


「珍しいですね。王族なのに自力で着替えるなんて」


(「はい」か。自分で着替えるのってそんなにも珍しいことなのかしら……)


 王族や貴族にとって着替えというのは従者の仕事だ。自力で着替えるのは一国の姫君としては、らしくない。

 そんなやり取りをしながらも、着替えは終わった。

 実家から持ち込んだ銀の一枚板で出来た、随所に宝石をあしらった全身をうつせる鏡の中にいたカレンの姿は……薄い紫を主体とし、フリルがついたドレスを着た美しい姫君だった。




「!! 何これ! 信じられない! これ本当に私なの!?」


 その姿に彼女は心の底から驚く。まるで鏡に映っている自分の姿が全くの別人であるかのような可憐かれんさで、これが本当に自分なのかしばらく信じることができなかった。

 自分が思い描いていた美しい姫君に自分自身がなったのだからかなりの驚きだろう。


「ええそうですよ。とてもお似合いですよカレン様」


「どうした? 妙に騒がしいんだが」


 着替えをするからと部屋を追い出されたデニスがようやく中に入るのを許されて入り、何が起こってるのかを知ったデニスがそう言う。




「あ、デニスさん。どうですかこの姿、似合ってます?」


「ああ、よく似合ってる。どこに出しても恥ずかしくない一流の姫君だな」


(「はい」か。お世辞抜きで似合ってるってことかな)


 カレンはその場でくるりと回り、美しいドレス姿をデニスに見せる。誰かから褒めてもらうという久しぶりの良い感情を味わっていた。


「あ、そうだ。デニスさんにお聞きしたいことがあって、確かこの国は春の間は挙式が禁じられているとお聞きしましたが……実際はどうなんですか?」


「へぇ、エドワード王家も中々情報収集能力があるんだな。そうだ、春の間は挙式はできないようにしている。のんきに式を挙げてるヒマなんて無いからな。

 それと婚前交渉はナシだ。言っとくが女に興味が無いってわけじゃないぞ? ただでさえ「呪殺王」なんていう不名誉なあだ名がついてるんだ。これ以上よからぬ噂が流れたら支持を失うからな」


(「はい」か。相変わらず正直者なのね)




 春はとにかく人手がいる季節である。例えば畑を耕し種をまくのは民にとってはかなりの重労働だ。

 それに、春先は家畜たちの子供が産まれる季節でもある。それらの子育ての上に牛飼いは乳しぼり、羊飼いは毛刈りが待っているためこちらも1年で最も忙しい時期になる。


 普段からの働き手である旦那はもちろん、その妻や子供も作業に駆り出される。

 冒険者ギルドに寄せられる依頼も今の季節では農作業や牧畜に関する仕事ばかりで、この時ばかりは冒険者も剣の代わりにくわすきを持ち、鎧を脱ぎ捨て牛や羊の世話をするものだ。


 そんな大忙しな季節であるため、特別な例外事項でもない限り春に結婚式を挙げることは原則禁止されており、王家もそれに従っていた。




「じゃあ今日は食事が終わったら俺と公務として城下町に出て国民と交流するぞ。ついてきてくれ」


「は、はい。わかりました」


 カレンはこの公務でデニスが国民にどう思われているかを良い面でも悪い面でも知ることになる。

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