第3話 嫁入りに向けて

 カレンの嫁入りが決まってエドワード王家御用達ごようたしの仕立て屋達が奮戦ふんせんする1ヵ月が始まった。

 エドワード王家はあえて競合を作り、互いに競わせて技術を磨かせるために独占契約をすることなく、3つの仕立て屋とそれぞれ契約を交わしていたのが功をなし、3店それぞれで急ピッチで衣装づくりが進んでいった。


 カレンの普段着は色こそ王族の衣装にのみ使うことを許された特別な色を使っている物もあるが、素材は麻や木綿といった庶民が着るような素材で出来た、見栄えのしない地味なものばかり。

 それが国内でも最高峰の高級絹100%を使い、さらにはレースやフリルなどがふんだんに使われた、カレンにとっては普段は着たことはもちろん見たことも無い衣装が次々とわれていく。

 現在12歳である彼女の体形に合う服はもちろん、それとは別に将来成長した時のことを見据えた服、それも後で微調整がしやすいよう工夫がされたものも同時進行で制作されていく。




 またそれらの衣装をしまう衣装入れチェストの職人もここぞとばかりに動き出し、国内最高級の木材を使って制作に取り掛かる。

 王国の威厳を少しでも広めるために随所に銀をあしらえた、随分と派手なものになる予定である。


 さらには習ってはいたがまともに化粧をしなかったカレンのために化粧箱や鏡台も新たに作られることになり、これまたエドワード王家の威光を少しでも示すために贅を尽くした物になる予定である。

 今も昔も、嫁入りというのは家族一同にとってとんでもなく大変な一大イベントなのだ。




 カレンの嫁入りが決まって20日以上が経って、出来上がった衣装が身体に合うか最終チェックが行われていた。


「カレン様、きつかったりゆるかったりしたら遠慮せずに申し出てください。すぐさま直しますので。で、いかがでしょうか?」


「うん、大丈夫。ぴったりだわ」


 城にあるカレンの部屋まで服を持ってやってきた仕立て屋の手で着せられたのは、結婚式で使う花嫁衣裳。絹糸のほかに銀の糸を使った国内でも最高級の品で、王族の結婚式という一生に一度の晴れ舞台にも負けない手の込んだ品だ。

 ほかにも嫁ぎ先で着る普段着や式典などのイベント用のドレス……カレンにとって今まで縁のなかった豪勢な物の試着も何度か行い、方針を固めていく。


(……今までで一番お姫様らしいかも。こんな豪華なドレス、私なんかが着てもいいのかな?)


 ともすれば平民の衣装とさして変わらない服を着せられていたカレンにとっては、今までの人生で一番幸せな時を過ごしていた。




 試着を終えて仕立て屋が城から出ていくのを見届けた上機嫌なカレンが振り向くと、義理の母であるエドワード王国王妃が立っていた。その顔はとてつもなく不満であった。


「カレン、お前なんかにここまで贅を尽くすのはあくまで我がエドワード王家の威光を示すため。決してお前なんかのためにここまで贅沢なものを作ってるわけじゃないからね。

 その辺りはわきまえてるよね? 言っておくけど勘違いはしないでほしいわね」


「それは十分承知の上ですお母様……」


「それと、嫁に行ってもくれぐれも我が王家の名を汚す不肖ふしょうな恥さらしだけはやめて欲しいわね。もしそんな真似をして我が王家に泥を塗る真似をしたら許さないんだから」


「もちろん心得ておりますお母様……」


「それなら結構。くれぐれもちやほやされて図に乗るみっともない真似だけはしないでちょうだい。もしもアランドル家を追い出される事になったらここに帰らずに野たれ死になさい。

 何があってもアランドル家からは離れずに奉仕しなさい。何の価値も無いお前には過ぎた名誉ある仕事よ。逃げ出さずに働きなさい」


「……」


 いつもの事だと慣れてはいるが、それでも傷つくものは傷つく。

 あと5日もすれば嫁入りだ。こんな家族から離れられるのであれば、嫁入りも悪くないかも……彼女はそう思っていた。



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