夫人、精霊に愛される
▫︎◇▫︎
ガタンと音がしてカリーナと夫の乗っている馬車が停車した。
旅を始めて4日目のことだった。
「《着いたわよ》」
「そう、送り届けてくれてありがとう」
カリーナは呟くと馬車から降りようとしたが、やがて馬車から降りずに固まってしまった。ここ4日で精霊とカリーナはとても仲良くなっていた。カリーナは精霊とのお別れが刻々と近づいてきていることに、表情を浮かないものにしていた。
「《どうしたのよ、そんな辛気臭い顔して》」
「………貴方とのお別れが近づいてきていると思うと寂しくて………………」
「《あら、お別れなんてしないわよ。わたし、あなたのお家に住み着く予定だから》」
「まあ!!本当!?」
「《えぇ、まあね》」
水色の女の子の精霊は、ちょっとだけ頬を赤く染めてぷいっと横を向いた。カリーナは精霊の小さな身体ををぎゅっと抱きしめて、馬車からぴょんと飛び降りた。視界の先には華やかなお屋敷がある。
「ここは………?」
「《フェアリーン王国では精霊は特別な存在なの。だから、位の高い契約者のいない精霊には1人の精霊につき1つのお屋敷が与えられているの。ここはわたしのお屋敷。気に入った人間を住まわせるための、ね》」
精霊はカリーナの方を向いてはにかんだ。
「《ようそこ、わたしのお屋敷、
夫妻は顔を赤くして満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、精霊さん」
「感謝する、これから僕は君のために尽くすと誓おう」
フェリーン王国に、精霊に愛された夫妻が新たに誕生した瞬間だった。
▫︎◇▫︎
1ヶ月後、カリーナはふにゃふにゃとベッドから這い出して精霊さんこと、イーリスから手紙を受け取った。
「………!!アイーシャちゃんからだわ!!」
「《ふふふっ、随分と遠回りをしたことで配達が遅れたみたいね。本当は2週間前に届く予定だったものよ》」
イーリスはちょっと不服そうに言ったが、カリーナには一切気にならなかった。ここ1ヶ月、カリーナは新しい生活に馴染むことに必死でアイーシャのことを尋ねることすらできていなかったのだ。
噂では、大恋愛の末に王太子妃になることが決定したと聞いたから、元気にしていることは知っていた。だが、やっぱり自分宛に物が来るというのは格別だ。
「そう、なのね………。でも、嬉しいものは嬉しいわ」
「朝からご機嫌だね、カリーナ」
「あら、起こしてしまいましたか?旦那様」
もそもそと同じベッドから起き出した夫に、カリーナはふんわりと微笑んで額にキスを落とした。
「いや、最高の目覚めだよ。君の麗しい美声を朝から聞くことができたんだから」
「ふふふっ、相変わらずね」
「そう言う君は相変わらず僕の愛を受け取ってくれないな」
「重いのよ。もうちょっと重量を少なくしてちょうだい」
「無理な話だ」
お決まりの
▫︎◇▫︎
手紙を開き、可愛らしいブローチと共に出てきた手紙を読んだカリーナは大切そうに手紙とブローチを抱きしめた。そして、ご機嫌に宣言をした。
「旦那様、今日私は郵便局に行って参ります!!」
「お返事を書くのかい?」
「えぇ!だってこんなに素敵なブローチとお手紙をいただいたのよ?お礼をしないわけにはいかないわ。まあ!どうしましょう!!今日はやることがいっぱいだわ!!」
カリーナは布団からささっと抜け出して1番いい普段着用のドレスに着替えた。
「ふふふっ、まずは朝食の用意をしなくっちゃ!!」
「今日は何を作るんだい?」
「う~ん、そうね~………、フレンチトーストにするわ。今日は甘い物の気分だから」
「楽しみだ」
「えぇ、楽しみにしておいて!!」
カリーナはててっと走るとキッチンに入って朝食を作り始めた。パンに牛乳に卵にお砂糖。貴重めな材料をふんだんに使ってカリーナは朝食をどんどん作っていく。
この家には使用人が1人もいない。それもこれも、全てはカリーナの希望によるものだ。平民の家の奥様みたいにお料理がしてみたい、お掃除がしてみたい、お洗濯がしてみたい、お庭いじりがしてみたい、カリーナの希望を叶えるのは難しいことではない。カリーナの夫はカリーナの願いを叶えるべく、家事に関する全てのことを勉強し、そしてカリーナに徹底的に、そしてわかりやすく家事全般の基礎を教えた。そして、カリーナの願いを見事に叶えたのだ。今ではカリーナは目指していた立派な平民の奥様だ。
「ふふふっ、今日のお料理も上手にできたわ」
カリーナは愛しの旦那様のために真心いっぱいの朝食をルンルンとした気分で作るのだった。
カリーナは夫と共に食事を摂り、そして便箋を用意してアイーシャに向けて真心込めた手紙を書いた。素敵すぎるブローチと手紙のお礼と、今の住所を知らせるためのものだ。あわよくば、一緒にまたお茶会ができたらいいなとも思っている。
「旦那様、今日はいつも通りのお帰りかしら?」
「あぁ。君とイチャイチャするためにも、もっと早く帰りたいんだが………」
「結構よ。イチャコラしなくとも、貴方の重たすぎる愛は十二分に伝わってきているもの」
カリーナは嬉しそうに微笑んだ。彼女はなんだかんだと言いながらも、夫のことをこよなく愛しているのだ。というか、溺愛夫婦と名高い夫婦の仲の良さを疑う方がご法度だ。
「僕はイチャイチャしたいな」
「嫌よ。息が詰まっちゃう」
すんとした口調でカリーナはぷいっと横を向いた。
「ひどいよ、カリーナ………」
カリーナの夫はチーンといった表情でカリーナを玄関で見つめている。カリーナはそんな夫にくすっと笑ってぎゅっと抱きしめ、そして頬にキスをした。
「ウソよ、早く帰ってきてね、愛しの旦那様。ご飯が冷めちゃう前に」
「あぁ、そうするよ」
カリーナの夫はふんわりと優しく微笑んだ。
「行ってくるよ、カリーナ」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
夫婦は熱いキスを交わして微笑みあった。
「《相変わらず熱々ね。新婚夫婦なのかしら?》」
「あら、もう20年は連れ添った晩年夫婦よ?」
「《見えないわね》」
「あらそう?嬉しいわね」
カリーナは躊躇いなく嬉しそうに、そして何より幸せそうに微笑んだ。
イーリスは呆れながらも、カリーナに笑顔を返した。
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