第24話

 アイーシャは少しゆっくりな仕草で頷いた。アイーシャにはこれが明かしていいことなのかよくないことなのか判断がつかなかったが、少なくとも彼には明かす方が正解なのではないかと思ったのだ。というか、明らかに気付かれている状況で嘘をつく方が不適切であると判断したのだ。


「これは私の契約精霊のサンだ」

「《光の高位精霊のサンだよ?よろしゅうな》」


 訛った言葉を話すサンは穏やかに可愛いらしく微笑んだ。


「アイーシャよ。よろしくお願いね、サン」

「《よろしゅう、よろしゅう。それにしても、ほんまに穏やかな人やな~、アイーシャはんの契約精霊はん1人でいいけん挨拶させてくれへん?》」


 アイーシャは微笑みを浮かべた後、契約精霊になってから1番年長なエステルを呼び出した。


「この子がわたしの契約精霊よ」

「《見ての通り光の精霊のエステルよ。よろしくね、サン》」


 エステルはわざと位を明かさずに挨拶をしたようだったが、サンは気を悪くした様子もなくニコニコと笑った。


「《アイーシャはんは精霊王と契約しとるなんてすごいね~。よろしゅうお願いします、エステルはん》」

「《え、えぇ、よろしく》」


 出鼻をくじかれたエステルは目をパチパチとさせた後、嬉しそうに微笑んだ。


「《精霊王だって分かっても態度を変えない精霊は初めてよ》」

「《エステルはんは敬われたいん?》」

「《いいえ、普通に接して欲しかったからわざわざ名乗らなかったのよ》」


 エステルはころころと楽しそうに笑った。アイーシャはエステルが普通の精霊として扱われてみたいと思っていたことが初耳でとても驚いた。いつも堂々としているエステルは、王であることに誇りを持っていたように見えたからだ。


「《あなた気に入ったわ。ちょっと来なさい》」


 アイーシャの肩から飛んでいきサイラスとの間の空中で動きを止めたエステルは、サンのことを呼んだ。


「《ん?ええよ~》」


 サンは素直にエステルの言うことを聞いてエステルの前に行った。


「《我、太陽を掌りし光の精霊王エステルは、光の高位精霊のサンに力を与える》」


 エステルが呪文らしきものを唱えた瞬間、サンは光に包まれた。


「こ、これは………」

「エステルはサイラスさまの精霊がよっぽど気に入ったようですわ」


 アイーシャは温かい微笑みを浮かべてちょっとだけ照れているエステルの頭をふんわりと優しく撫でた。ユエに比べ、エステルが他の精霊に加護を与えることはあまりなかった。だから、サンのことがとても気に入っていることは目に見えていとも簡単に分かった。


「お婆さまと叔母さまが首を長くして待っておりますので、わたしはこれにて失礼いたします」


 アイーシャは美しく頭を下げて立ち去ろうとしたが、恐怖によって固くなってしまった身体は歩みを進めようとした際足がもつれてしまい、転びかけてしまった。


「うわ!?………ーー大丈夫、か?」

「え、えぇ、………」


 腰を抱かれて支えられた状態でアイーシャは目を見開いて固まった。サイラスは真っ赤な顔をして心配そうにアイーシャを見つめている。


「………失礼する」

「ふぇ!?」


 断りを入れたサイラスはアイーシャのことを抱き抱えた。俗に言うお姫様抱っこだ。

 アイーシャは顔を真っ赤にしているが、暴れることはなかった。借りてきた猫のように大人しいアイーシャは羞恥にぷるぷると震えながらも、サイラスの首に手を回した。


「君、イスペリト公爵令嬢の侍女だよね?」

「はい、………お嬢様が乗る馬車までご案内させていただきます」

「頼む」


 声をかけられてやっと顔を上げた血の気が少し引いているベラは、淡々とした声音で答えてサイラスを先導し始めた。アイーシャはそんな目の前で行われている光景をどこか遠くの世界のことのようにぼーっと眺めていた。

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