第20話

▫︎◇▫︎


 朝の8時、アイーシャはきらきらと輝く朝日の眩しさに目を覚ました。


「うぅっ、」

「おはようございます。アイーシャお嬢様、今日のご予定は朝食後から大奥様と奥様とのブロッサム商会でのお買い物です」

「はぅー、」


 ベラに寝台のカーテンを開けられたアイーシャは、寝っ転がったまま枕を抱いてこっくりこっくりと危なっかしく船を漕いだ。


「………………」

「ーーーアイーシャお嬢様はとても朝が苦手でいらっしゃる?」


 アイーシャは何も答えずにふにゃふにゃしていたが、精霊達がピカピカと光り輝いてお返事をしたのでベラはふうむと首を捻った。


「アイーシャお嬢様、お着替えをお手伝い致しますね」


 有言実行な有能侍女ベラは、アイーシャの荷物の中で最も飾りの多かった見栄えのするお洋服をアイーシャに着せた。それでも高位貴族のご令嬢としてはちょっと味気なかったが、真っ直ぐな長い黒髪を複雑に編み上げて、カリーナから送られた宝石を身に着けさせれば、気品溢れるとても美しい公爵令嬢に早変わりした。アイーシャのピンと伸びた真っ直ぐな背筋に、憂いを帯びた表情、まさに深窓のご令嬢であった。それが、朝のお寝ぼけでただ眠いだけであったとしても………。


「まさに原石ですね」


 有能な侍女は新たな主人が磨けば磨くほどに光る至宝の原石であることに歓喜し、無意識の内に拳をぎゅっと握り締めた。今日はお嬢様に似合う服に装飾品、靴などありとあらゆる物を買って貰おうと息巻いたベラは、早速今日の楽しいお買い物に思いを馳せた。


「………おはよう、お爺さま、お婆さま」

「おはよう、アイーシャ。よく眠れなかったのかい?」

「………いいえ、朝はいつもこんな感じです」


 眠そうに目を擦っているアイーシャに、祖父たるラインハルトは心配そうに聞いた後、納得したように頷いた。


「そういえば、エミリアも朝が苦手だったな」

「えぇ、アイーシャちゃんよりももっと酷くてよく壁にぶつかってしまっていましたわね」


 エカテリーナは苦笑して答えた。エミリアの朝の苦手度、というか寝ることと起きることに関することは末恐ろしいものだった。まずは寝相が悪く、寝台から転げ落ち、上かけを蹴り落とし、朝起きたら寝た時の頭の向きと足の向きが入れ替わっていた。そして、起きてからは寝ぼけすぎて階段から転げ落ち、壁にぶつかり、柱にぶつかり、人の足に足をひっかけて転倒させた。ある意味素晴らしい才能だった。


「アイーシャちゃんにも受け継がれてしまったのね」

「………そうみたいだな」


 エカテリーナとラインハルトは苦笑した。


「アイーシャちゃんは寝相は悪いのですか?」

「………………いいえ、寝相は悪くないはずだわ。お父さまが昔アイーシャはびっくりするくらいに微動だにしないと言っていたもの」


 こっくりこっくりと船を漕ぎながらアイーシャは答えた。


「お、姉上おはよう!!」

「………あ、ユジン、おはよう………」

「うわ、テンション低っ!!」

「………兄さんが朝からうるさいだけだよ………」


 メガネがずり落ちてもボーッとしたままのショーンが不機嫌そうに言った。こちらも寝起きが悪そうだ。


「アイーシャちゃん、ショーン、大丈夫ですよ。いずれまともになります」

「ユージオも昔酷かったのよー、寝起き」


 仲良く腕を組んで食堂にやってきたユージオとシャロンはにこやかに言った。ユージオも確かに昨日の夜に比べれば全くもって覇気がないが、アイーシャやユジンみたいにぼーやぽややーんとはしていない。


「………そうで、あることを願うわ」

「………そうだね」


 ショーンとアイーシャはユジンよりも実の姉弟らしかった。


「朝食にしよう」


 ラインハルトの一声で皆席に着いた。食事の開始の挨拶と共に、精霊達はご機嫌に揺れて主人から食べ物をねだるように欲しいものをじっと見つめていた。

 わいわいと言った形容詞の似合うお寝ぼけさんが混じってのポンコツありな雰囲気の楽しい食事は、あっという間に終了を迎えた。

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