第12話

 アイーシャはベラに案内してもらった自室で歓喜に震えていた。


「あの、この家具は………」


 アイーシャは見慣れた家具を指差して聞いた。


「アイーシャお嬢様は魔力をお持ちではないということでしたので、旦那様ユージオが用意したのです。アンティークの調度というのは深みがあってよろしいものですね」

「えぇ!………ユージオさまにわたしが感謝していたと伝えていただける?」

「承知いたしました」


 アイーシャが微笑みを浮かべてアンティークの調度を撫でながら言うと、アンティークの調度は精霊の祝福を受けてキラキラと輝き始めた。


「!?」

「ありがとう、エステル」

「《アイーシャの大事なものはわたし達の大切なもの、だから、これくらいのことは当然かしら》」


 残念ながらベラにはエステルのことが見えていないし声も聞こえていないが、精霊持ちの主人に仕える者として先程起こった出来事が、“精霊の加護”や“精霊の祝福”と呼ばれる伝説に近い代物であったことは簡単に理解することができた。

 だが、ベラは1度息を吐き出しただけでそれらの感情を全て押しとどめてアイーシャの荷解きをすることにした。


「荷解きは自分でするわ」

「これは私の仕事です。取らないでください」


 絶対に譲らないぞ、と言う気概が感じられるベラの言葉と視線にアイーシャはふいっと視線を逸らした。


「………裁縫箱以外は、好きにしていいわ」


 命よりも大事な裁縫箱以外を好きにしてもらうことを選択したアイーシャは、裁縫箱を陽当たりのいい窓際にある机と椅子の方に持っていった。

 そして、アイーシャは自分の荷物を片付けるベラを横目に、細かい花々の彫りが施された紫檀の裁縫箱を開いた。中に入っていた刺繍に必要ない道具を取り出し、布地に簡単な下絵を描こうとし、ふと旅の途中に描きだめたアイデアスケッチの存在を思い出した。


「ベラ、スケッチブックはもう取り出したかしら?」

「はい、必要ですか?」

「えぇ、革張りの方を持ってきてくれる?」


 年季の入ったスケッチブックは元々は母親の使っていたお下がりだ。表紙は薄革が貼られている高価な品で、大きな作品のアイデアスケッチのみを描いている。


「これでしょうか?」

「えぇ、ありがとう。もうその他のスケッチブックはベッドサイドに出しておいて」


 ベラが荷解きを終えた荷物の側に出してあった、古いものから真新しいものまで数十冊にも及ぶデザインの描かれたノートに視線を向けたアイーシャは、微笑みを浮かべて言った。


「分かりました。その他のもので注意が必要な品物はございますか?」

「いいえ、あとはお洋服だけだったでしょう?」

「いいえ、宝石類がちらほらと」

「え?」


 アイーシャは困惑した。荷物はほとんど解いていないから自分では全てのものを把握していないが、少なくとも自分は宝石は持っていないはずだ。


「その宝石、見せてくれる?」

「はい」


 ベラが持ってきた群青色の革が貼られた小花をあしらった可愛らしいデザインの宝石箱は、母親の好みであろうものだが、アイーシャが1度も見たことのないものだった。こくりと喉を鳴らしたアイーシャは、恐る恐る震える手で箱を開いた。

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