第3話
▫︎◇▫︎
アイーシャは夫人に用意してもらった馬車の中で命と同じくらいに、否、それよりも大切な裁縫箱を抱いて泣いていた。
「《アイーシャ………、》」
「信じたかったっ!!」
心配そうな精霊に、アイーシャは悲痛な絶叫をこぼした。長い黒髪を振り乱し、泣きじゃくった。王太子妃として育てられたアイーシャにとって、他人に弱さを見せることは何よりの屈辱だった。だから、どんなに苦しくても悲しくても婚約破棄をされた会場では泣かなかった。
「《アイーシャ、どうしてわたし達のことを隠したの?アイーシャが精霊使いだって教えたら、あんぽんたん達はアイーシャのことを愛してくれたかもしれないよ?》」
「っ、お母さまが言っちゃダメって。これはわたしとお母さまの秘密だってっ!!」
アイーシャはイヤイヤと首を振った。
『アイーシャ、精霊さんについてはアイーシャとお母さまの秘密よ。決して誰にも話してはいけないわ。時が来たら、わたしが教えるから。だから、それまでは決してその秘密を明かしてはいけないわ。分かったわね』
母親のエミリアは精霊とお話ししていた幼いアイーシャにそう言ったのだ。精霊達もそのことを知っている。
「《………アイーシャ、あなたはもう休みましょう。今日は色々なことがあって疲れたでしょう?ゆっくり休んで。わたし達があなたのことはちゃんと守るから》」
「………うん」
アイーシャは優しい精霊に甘えて、心地の良いゆりかごのように揺れる馬車の中で目を閉じた。
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