第9話 雨のコース

 三葉早苗はゴルフ部を去った。もっとも卒業のタイミングであり飛鳥のせいで辞めたのかどうかは定かでない。三葉は高等部へは進まず、他校へ進学した。

 2年になった飛鳥は代表選手として抜擢された。異例のことである。

 そして8月、飛鳥は光輝学園中学の代表選手として初の選手権大会への出場を果たす。グリーン甲子園とも呼ばれる全国大会の中学生部門である。

 カレン中島は光輝学園高等部のOBで女子部を手伝ってくれているボランティアだ。

 ただし、普段見ているのは高等女子部の方で中等女子部は選手権など特別な日だけ頼まれて手伝いに来ていた。

「西條さん、調子はどう?」

 カレンが飛鳥に尋ねた。

「は、はい。大丈夫です」

 飛鳥が答えた。が、緊張は隠せない。今までも何度か大会には出たが、この大会は別格だった。

「随分正確なショットを打つって聞いてるわ。落ち着いていつも通りにやれば大丈夫」

 カレンはそう飛鳥を励ました。

 だが、初日の今日は雨が降っている。昨日までの快晴続きの天気が夕べから崩れ出し、今朝までにも相当量の雨が降ったようだ。

「グリーン、相当重そうね」

 窓の外を眺めながら3年の岡本弥生が呟く。

「昨日の練習ラウンドが無駄になったわ」

同じく3年の宮嶋華音かのんが捨て鉢に言ったが、

「華音、そんなことないよ。どこにトラップがあるのか、よく思い出して。頭に入ってるんでしょ?」

 河井が言うとカレンが続けた。 

「ゴルフは自然との闘いだからね。さあ、みんな、雨のゴルフを楽しみましょ」

カレンの言葉に一同は頷く。

 TOPは岡本だ。OUTスタート7時ちょうどである。ともに回るのは九州鹿児島と四国高知の選手だった。

 それから30分遅れて宮嶋が出発する。飛鳥は3番目で岡本からはちょうど1時間遅れのスタートだ。河井は更に遅れて8時15分のスタート。団体戦の開始だった。

 岡本も宮嶋もかなりの腕である。そこへ西條飛鳥だ。今年は6位入賞どころか優勝を狙えるかも知れない。なにしろ部長の河井が補欠選手になるほどだから。

 ところが、飛鳥は苦しんでいた。6ホールを終わってパーセーブがやっと。何の影響なのか、ドライバーが飛ばない。飛ばないどころかフェアウェイキープもままならない。

 飛鳥は右へ左へ走りながら辛うじてパーをセーブしていた。

 迎えた8番ホールはパー5、490ヤードのロングホールだ。ティーイングエリアに3人が立つ。オナーは仙台の選手だった。

 ちょっと独特なフォームの彼女は快音を響かせ、雨の中200ヤードを越えるショットを見せた。

 あのフォームで良くあんなところまで。飛鳥は考える。

 次ぎに打つ愛媛の選手は安全にフェアウェイの左端に落とした。飛距離は出なかったが、あそこならグリーンの方向が確認できるだろう。次打が打ち易いはずだ。

 飛鳥は全てのことに焦っていた。同伴競技者※12   の確実なプレーに。今にも崩れそうな自分のプレーに。代表選手として出場している我がスコアに。そして汚されそうなプライドに。

 完璧なスイングでないことは自分にも分かった。力が入っている。鋭い金属音を発したボールはティーの上から飛び上がると大きくスライスしていった。

「ああ!」

 悲鳴に近い叫び声を漏らす飛鳥。

 ボールはフェアウェイを大きく右に逸れラフの奥、林の中へ飛び込んでいった。

 3人はゴルフバッグを肩にフェアウェイを歩き出した。雨は段々と強くなっている。もっと強く降ってハーフで中止になってしまえばいい、飛鳥はそんなことまで考えていた。

 飛鳥のボールは林の木からは比較的離れた傾斜に止まっていた。

「よかった、林の中ではなかった。よし、ここなら打てる」

 飛鳥は5番アイアンを取り出すと足の位置を決めた。この方向でいい。だが、どうにも不安定な場所だった。

 右足は伸びているのに、左足はしゃがみ込んでいるような格好。これで5番が振れるのか?

「だけど、8番や9番じゃ・・・フェアウェイに出すだけになってしまう」

 飛鳥はこの斜面から右方向に繋がる林を越えるつもりだった。3打でグリーンに届かないと、今日のグリーンではパーも危うい。

 飛鳥は窮屈な態勢ながらも大きなバックスウィングからクラブを振り切った。カンッと音がして泥が飛び散る。その時足が滑った。

「しまった!」

 飛鳥はバランスを崩した。5番アイアンを握ったまま後方へひっくり返ると、そのまま泥の斜面を転がり落ちてしまった。


※12同伴競技者 同じ組で一緒にラウンドするプレーヤーのこと。3人1組なら自分以外の2人が同伴競技者となる。

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