第25話 にゃにゃにゃ! にゃ

 イベントが終わった。ココミに準備してもらった回復薬は一本使っただけだ。予想より出来が良すぎたことに苦笑いをする。

 イベントのフィールドから広場に戻ってくると、リオンが先に気づいたようで少し離れた場所から手を振っている。俺も小さく振り返した。「やったね?」とイヤーカフから聞こえてくるので頷いた。それ以上は近寄らず、リオンがマントのフードを目深にかぶる。なんだろ? と見ていると、「クズイくん、すごく注目されているね?」と耳元から聞こえてくる。


「リオンも活躍したんだろ?」

「もちろんだよ! 結構なプレイヤーを撃破したと思う。有名どころの人も殺しちゃったらしいし」

「それはそれは……次、PK戦あったら、狙われるな?」


「そうかも……」とため息が聞こえてくる。

 広場に戻ってきてから、みながこの場を動かないのには理由がある。今からイベントの表彰式があり、上位入賞者のお披露目だ。表彰と同時に、家を買う権利が渡されるらしい。


「アイツ、まぢですげぇーよな?」

「アイツって、サイレントキラー?」

「そうそう。リオンといい勝負なんじゃないか?」


 周りからの視線が気になり始め、俺も黒猫パーカーをかぶる。ヒソヒソと話声が聞こえ、指を刺されたりすることに耐えられない。それも「陰キャ」と笑われるのではなく、今のイベントでの注目と賞賛のためにだ。俺が立っているところから、集まっていた観戦者たちに少し距離を置かれてしまった。


 ランキングでは、一位にやはりと言ってもいいリオンがなった。観客たちも大いに沸いている。僅差で、俺が二位となったことで、無名のプレイヤー『クズイ』は一躍有名人となる。


 表彰式でマイクを渡され、イベントの感想なんかを言わされる。フードももちろん取らないとダメで、緊張しすぎて噛みまくった。一位の台の上でクスクス笑っているリオンを睨み、マイクを渡す。こちらはさすがで、スラスラ挨拶してしまう。


 ……俺、恥ずかしい。


「流石に疲れたね?」


 表彰台の隣に並ぶリオンが、俺に話しかけてきた。大きなメダルと大きなトロフィーを持ちながら、愛想笑いも飽きたという表情だ。


「今、ココから連絡あったでしょ?」

「家の内見できるようになったって来てたな」

「時間、まだ大丈夫だったら見に行かない?」


 表彰式が無難に終わったあと、取り囲まれないようにサッとココミの店に逃げ隠れた。リオンも俺に続いてココミの店に入ってくる。


「ただいま」と店に入ったら、「おかえりにゃ」とシラタマが目を輝かせてこちらを見ている。二ヶ月そこらのオンラインゲームで、PK戦の一位と二位が目の前にいるのだから興奮しているのだろう。


「ん……スッゴイにゃ! リオンはわかっていたけど、クズイがすごいにゃ! さすが、みゃーの愛弟子にゃ!」

「弟子になったつもりはないけどな?」

「細かいことはいいにゃ!」


 トコトコ歩いてきて背中をバンバン叩く。余程嬉しかったのだろう。抱きついて離れなくなってしまった。そんなシラタマを二人が暖かい目で見ていた。


「そうだ! ココはこの後、時間ある?」

「大丈夫だよ! 内見行く?」


 察しのいいココミがサッと家のカタログを並べた。良さそうなものだけ選んだと、先に目星をつけてくれたらしい。


「家の購入にはリーダーを決めないといけないらしいんだ。どうする?」

「リオンがいいんじゃないか?」

「私? 私はクズイくんがいいと思う」

「俺? 俺はありえないって。ココミはどう?」


 二人を見比べるココミはニッコリ笑った。


 ……あっ、ダメなヤツだ。


 悟ったときには、いい笑顔でこちらを見るココミとシラタマ。


「クズにゃんがいいと思う」

「じゃあ、二対一でクズイくんに決定しました!」

「あっ、おい!」

「昨日、話したんだよね。リーダーは誰かって。それで、ねぇ?」


「……結託かよ」と呟けば、二人と一匹がニシシと笑う。俺もつられて笑った。


 その後は、ココミが選んでくれた家を見に行く。どれもこれも捨てがたいが、三人とも違うなぁとなっていった。時間がすぎ、残りの一軒は、リオンと二人で見に行くことになった。


「今日は流石に疲れたから……」そう言って、俺とココミはログアウトした。シラタマとリオンだけが残り、店番に戻るらしい。



 ログアウトしたあとは、兄に捕まり今日の話をした。「すごかった」と褒めてくれる兄。久しぶりの感覚に嬉しかった。夕飯でもその話で盛り上がり、楽しい休日となった。



「ヤースー!」

「翔也、はよ」

「はよじゃねぇーわ! 昨日のあれ、超ヤバかったな?」

「あぁリオンだろ? ログアウトしてから……」

「違うよ、お前だ! お前のほうだ、ヤス!」


 昨日、ずっと観戦してたらしい。画面に映る俺を見て、ずっと騒いでいたらしい。ログアウトしてからリオンの映像は確認していたが、自身のはしていなかったので、翔也の熱量がわからない。


「あんなに強いのか?」

「レベルあげてるからそこそこは。リオンほどじゃないよ」

「それでも僅差だっただろ?」

「無名の俺なら殺せると思われたから人が集まっただけだよ。それで狩りたい放題。本当にありがたい」


「そんなもんなのか?」と翔也がこちらを見てくる。「そうそう」と笑っておいた。実際、無名の俺ならと挑んできたプレイヤーは多かったはずだ。イベント中であれば、他のプレイヤーと情報共有もできないので、俺のプレイスタイルが誰かに漏れることもなかった。氷の鳥籠を見たプレイヤーは、俺から逃げることができなかったのだから。これ幸いとおいしくいただいただけだ。


 教室に入ると、いつも通りの日常だった。ただ一つ違うと言えば、珍しく本鈴と同時に里緒が入って来たことだった。はぁはぁと息を切らし、長い髪をかきあげた。


「おはよう、葛井くん」


 見ていたのがバレたのか挨拶されタジタジになる。小さな声で挨拶を返すとにぃっと笑う。


 どこかで見たことあるような笑いかただな?


 見惚れていたら授業は始まっていたようで、早速「葛井」と先生に呼ばれることになった。



 5時限目の担任の授業が終わったあと、進路のことで話があると放課後呼び出された。約束があるのにとは、もちろん断れない。学生の本分を忘れていたら、今度こそ母にゲームは捨てられてしまうだろう。

 席に戻ると、翔也が「なんだった?」と聞きに来ていた。進路のことだといえば、小難しい表情をしている。俺は『約束の時間には行けない』と、リオンに連絡をしないとと思いスマホをとる。翔也が進路の話をしていたので、適当に相槌を打っておく。


『リオン、悪いんだけど、学校で進路の話をするのに担任から残るように言われてるから、時間に遅れる。必ず行くから待っていてくれ』


 メッセージを送信しましたと、ポップが表示される。


 ……これで、遅れても待っていてくれるだろう。


「あっ、クズイくんからだ」


 里緒の言葉に最初に反応したのは、他でもないマナだった。


「里緒、クズイって誰? 私の知ってる人? 何者?」


 大きな声で捲し立てるマナの勢いに周りは驚いている。里緒も宥めようとマナに言葉をかけているが、マナの口から『クズイ』と何度も聞こえてくれば、俺は正常ではいられない。


 ……『クズイ』って、まさかだよな? そんなこと?


「な、なぁ……ヤス?」


 翔也に呼びかけられたようだが耳に入ってこない。ジッと里緒の方を見ていると、不意にマナと目が合ってしまった。


「オタクがこっちみてんじゃねーぞ! 今は里緒の口から出てきたヤツを……」

「もう辞めなよ! マナ。いうから、ねっ? ちょっと落ち着こう?」


 里緒はひたすら暴れたり八つ当たりしているマナを宥めていた。可哀想なほど困った表情を見て、ますます誰かに似ているような気がしてきた。


「……『リオン』」


 思わず口から出た名に振り返った里緒。目が合ったときには、目を大きく見開き驚いていた。それと同時に戸惑いも見せる。


「……ク、クズイ、くんなの?」


 その瞬間、世界が停止した気がした。この教室の小さな世界でトップにいる里緒と底辺にいる俺。どうみても不釣り合いな二人が、お互いのことを知ったとき何かが弾けた気がした。

 実際は、マナにグーで殴られ床に倒れたのだが。


「マナっ!」

「葛井くん!」


 流石にみてられないと、里緒たちといつも一緒にいた男子たちが、マナを押さえてくれる。逆に、里緒が倒れた俺に駆け寄ってきた。


「大丈夫?」

「……痛いけど、まぁわりと。兄弟喧嘩に比べたら、まだマシかな?」


 口の中を切ったようで、血の味がしたが仕方がない。食事のとき、痛いのを我慢しないといけないと頭によぎったが、今はそれどころではないはずだ。


「あっちの世界では、私の次に強いのにね?」


 クスクス笑いながら立ち上がって、手を差し出してくれる。その手を取って俺も立ち上がった。


「それは言わないで。わりと鈍臭いんだよ。シラタマを笑えないくらいには」

「シラタマね。たしかに」


 シラタマを思い浮かべて笑う里緒は、ゲームの中で会うリオンそのものだった。次の瞬間、笑っていた里緒の目はつりあがる。振り返った里緒のその視線は、マナに向けられ騒いでいたマナは一瞬で黙ってしまった。

 強面のプレイヤーもリオンに睨まれたら黙ると聞いたことがあるのだが、まさに今がそうだ。戦闘に入る前のリオンの雰囲気を漂わせ、何も寄せ付けないほど冷たい空気を纏った。


「マナ?」

「……里緒」

「ます、葛井くんに謝ろうか?」

「いやだ! なんで、私がこんなオタクに! 里緒はどうしちゃったの? こんなオタク庇うなんて」

「オタク? 私の仲間を悪く言わないでくれるかな? 葛井くんは私にとって唯一無二の大事な人だよ?」

「……な、なんで、里緒!」


 はぁ……と大きなため息をついた。里緒の怒気にブルブルと震えながらもマナは果敢に攻めている。


「どうしちゃったの?」


 ……すげぇな。この一条さんに立ち向かうとは。俺には無理だ。まだ、階層主を前にした方がマシ。


 里緒は隠してきたことを言うつもりなのだろうか? 視線をマナから外し、こちらに向けた。俺に対しては怒気はなく、少しホッとする。


「葛井くん、スマホ貸してくれる?」

「いいけど、壊すなよ?」

「わかってるわ」


 俺のスマホのロック画面を見ている。昨日撮ったばかりの、俺、リオン、ココミ、シラタマの写真があり、それを見て嬉しそうにしている。スッと冷たい空気に変わったあと、ロック画面をマナに見せた。


「マナがずっとバカにしていたゲーム、私もしているの。これが私。隣がクズイくん」


 マナに見せると震えるようにしてヘタリと座ってしまう。「里緒が、里緒が……」と呟きながら。


「私、このゲームの中では、最強だし自身が廃ゲーマーだって自覚もあるよ。ここ1ヶ月、マナの誘いを断っていたのは、ずっと潜っていたから。他に聞きたいことある? 私も蔑む?」


 マナに強い視線を送ると、小さく「ごめんなさい」と言った。何に対してかはわからなかったが、俺はそれ以上何も言わなかった。

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