第4話 経験値ドバドバ、お金ザクザク、チュートリアルマージンにゃ!

 目をカッと開いた。


「危ないにゃっ!」と叫んだシラタマは、見てられないと手で目を覆い、小鬼たちの襲撃から目を逸らした。だいたい、シラタマが呼び出した小鬼。差し向けておいて、自身は目を背けていれば世話がない。


 持っていた双剣をギュッと握った。


 どうやら、ログインしてからそれほど経っていないが体が馴染んだ。トントンっと軽くジャンプしてから、姿勢を低くして、たくさんの小鬼の中へ突っ込む。激流の中にいるような感覚だと思えるほど、荒々しく小鬼たちは襲ってくる。素手で殴ろうとしたり、不恰好な武器で斬りつけてきたり、先の欠けた槍で刺してこようとしたり、防具で殴ってこようとする小鬼たちをヒラヒラと交わして、同士討ちを狙う。数は多くても、統制の取れていない集団ならば、それほど苦労はしないだろう。他のゲームで培ってきた動きをすれば容易い。


 ……何匹かはやれたか? 小鬼どもの目の色が変わったな。


 剣を逆手に構え、さっきの応用とばかりに、斬りつけてみたり、殴ったり蹴ったりすれば、エフェクトが散り、その場からどんどんと小鬼たちは消えていく。


 ……まだ、全然、減ってないじゃん!


 結構な数を狩ったと思っていたが、そうではないらしい。チラッと手の隙間から覗いていたシラタマは、俺が無事に戦っていることを確認したら現金なものだ。「いけぇーっ! やれぇーっ! そこにゃーっ!」と、短い手をシュシュシュッとパンチを出しているが、何とも言いがたい。


 ……アイツいいな。自分が呼び出した小鬼を倒すの、見てるだけでいいんだから!


 じっとり汗が出てきたことに少し驚いたし、体力にも限界があるのか、疲れてもきた。ふぅ……と、息を吐いて整えてから、もう一度、周りを見渡した。

 さすがに、警戒を始めたのか、少し距離を取る小鬼。リアルな空気が、ゲーム内でも生きてるっ! て感じさせてくれる。


 ……息遣いが本当にリアルだ。小鬼もだけど……、こっちもだ。


 グッと柄を握り直しながら、遠巻きに取り囲まれている目の前に向かう。


 ……やって、やれないことはないっ!


 駆け出して奥まで行けば、刃に当たったり拳や蹴りを喰らった小鬼たちがいなくなり、一本道が出来上がった。そのとき、その道の最奥から、咆哮が上がる。


 ……おいおい、小鬼だけじゃないのかよ?


 走った先、小鬼よりも頭四つ分高い位置に鍛えぬかれた体躯の上位種が現れた。


「あぁーっ! 大鬼にゃ! なんでにゃ? にゃ、にゃにゃにゃーっ!」


 慌てるシラタマは、想定外のことが起こったのか、ゴンドラの上で大騒ぎ。「どうするにゃーっ! 戦うにゃ? にゃーっ!」と、騒がしくしているので、ゴンドラが揺れて今にも落ちそうである。


「アイツ、大丈夫なのか? どっちかっていうと、俺の方がヤバイんだけどな」


 頬を伝う汗を拭う。大量の汗が床にべしょっと飛んでいった。


 ……疲労感は半端ない。体が少し重く感じる。周りの小鬼は……半分くらいにはなったか? やっぱりアイツだよな? 存在感。


 小鬼は体の半分くらいに対して、大鬼ははるかに大きい。


「やるしかないなら、やるだけだろっ!」


 再び走り出せば、大鬼が小鬼たちの指揮を執り始めたのか、統制が取れ始める。厄介この上なく、さっきまであった一本道も塞がれ、退路を断たれた。


『レベルが5になりました。小鬼を一定数撃破したので『小鬼殺しの称号』を得ました。小鬼を一定数撃破したので、『小鬼殺戮の称号』を得ました。一定時間内の撃破数を超えたので、『虐殺の称号』を得ました』


 遅れてきた無機質なアナウンスに戸惑いながら、今は、兎にも角にも小鬼を狩るしかない。疲れたとへたりこめば、ゲームオーバー。憧れのリオンには辿りつけないと、震える足を叩いて混戦の戦場を駆けて駆けて駆ける。


 さっきから思っていたが、あのポンコツモフ猫が出した小鬼は、もうそろそろ倒しきってもいい頃合いだ。減らない小鬼とついた称号のことを頭の片隅で考える。


 ……やっぱなぁ、増えてるよな? それに、だんだん統率も取れ始めて物量で押してきてる感じするんだよなぁ……。


 気のせいで押し切っていたが体力的にキツイ。


 ……デカブツ目掛けて特攻するか。


 大鬼が出てきてから、戦況がどうもおかしく感じていた。


 動けよ足っ! 止まるなっ、俺っ!


 大鬼の前を塞ぐような格好で小鬼たちが群がる。ちょうど、襲いかかろうと姿勢を低く駆けてくる小鬼へと跳躍して肩を足場として、次々と小鬼を踏んづけていく。足元では、ぐへっ、うぐっなど、俺に踏まれた小鬼たちが潰れていった。小鬼の橋を渡りながら、最後尾の大鬼に迫る。

 前の方にいた小鬼たちも追いかけようとしているが、後ろから押し出されてしまい、うまくいかないようだ。


 知能が低くて助かる。そのうち、どの個体かは、俺みたいにするかもだけど。今は……!


 両手にギュッと力を込め、バランスの悪い小鬼の顔面を踏み切り、大鬼に飛び切りした。格闘家を取ったおかげか、振った剣には威力があり、風を切る。

 そのまま、大鬼の首を目掛けたが、さすがというべきか、持っていた大鎚を振り回し、小鬼ごと抹消しようとする。上で見ているだけのシラタマは「危ないにゃーっ!」と叫び、自身はゴンドラから落ちかけている。プラプラとフサフサした尻尾を振って、「助けてにゃー!」と情けない声を出していた。


「助けて欲しけりゃ、大人しくしてろって言ってるんだっ!」


 周りから小鬼が一瞬でいなくなったことを見れば、一発でも当たるとヤバいことがわかる。


 あれヤバすぎ! あのアホ猫は絶対、何も考えてないやつだろ? どうすんだよ。


 大鬼を前に構える。後ろからもいつ襲うか伺っている小鬼の感覚もヒシヒシとくるし、大鬼なんて俺から目を離さない。唯一、アホな声を出して、「助けてにゃー」って叫んでいる声だけが、コロッセオに響いた。


 小鬼が攻めてくる前に動かないとまずい。


 大鬼目掛けて走り出せば、大槌を振り回してきた。当たらないように、紙一重のところでヒラヒラとかわし機会を探る。

 初期装備しかない今の俺でも勝てるか疑問しかないけど、振り下ろした槌の上に飛び乗ることができた。ありがたいことに大鬼目掛けて一直線。

 剣を閃かせれば、大鬼の首に当たったが、予想していたよりずいぶん硬い。

 剣をクロスして、力一杯押していく。少しずつではあるが、剣がめり込んでいく。

 大鬼もただやられるわけではない。暴れ始めたので、足で首に巻きつき、頭を抱きしめるように力を入れていく。殴ろうと手を振りかざしたとき、力尽きてくれたようで、一瞬で、大鬼が消えた。


 その場にストンと降りた。一仕事終えた俺は、息をふぅ……と吐く。無機質なアナウンスが流れていたが、いまは、まだ、それを聞いている余裕はない。

 息を整え終わるより先に走り、小鬼たちが俺に向け、最後の足掻きを始める。レベルが上がった俺の相手ではなかった。トントンっと、その場で2回、小さくジャンプしてから、迫る小鬼たちへと向かう。

 囲まれた状態から、内輪がどんどん広くなっていくが、蹂躙した小鬼もあと1匹となった。


「さよならだ」


 剣を一振りした瞬間、エフェクトとともに最後の小鬼が消えていく。


「レベルが8に上がりました。スキル『無慈悲』を獲得しました」


 無機質なアナウンスが聞こえたとき、背中から後ろに倒れた。


 つっかれた……。


 動かない身体で石畳に寝転び、チャリーンという音を確認した。どうやら、スタートも未だしていないゲームで、大金を手にしたらしい。


 長く険しいチュートリアルは、大量の経験値、大金、スキルを取れて無事終われたようだ。


 あとは、アイツだけだよな。


 ゴンドラにぶら下がりながら、暴れているシラタマを見上げ、ため息をついた。

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